はじめに

本連載では以前、相場暴落で国際的な話題になった通貨・トルコリラについて、その言語的な側面を紹介しました(「言葉の観点」で分析する、トルコ通貨史通貨単位「リラ」と「ポンド」の意外な関係)。

ところで最近危機的な状況にある通貨と言えば、もうひとつ思い出す通貨もあります。それはベネズエラの通貨「ボリバル」(bolívar)。現在この通貨はハイパーインフレの渦中にあります。国際通貨基金(IMF)は、同通貨の今年のインフレ率をなんと100万%と予測しました。ベネズエラは今年8月に「ゼロを5つ取る」デノミネーションを実施したばかりです。

経済危機の主因は、石油価格の下落。このため同国の主要な外貨獲得手段である石油輸出が不振にあえいでいる状況があります。最近では同国からの脱出をはかる国民も増えているとの報道もありました(参考:ロイター2018年8月21日「迷走ベネズエラ、デノミや新通貨制度は無意味」)。

今回、本稿で取り上げるのは、そんな話題の渦中にある通貨名・ボリバルです。通貨ボリバルを、言葉の側面から徹底的に分析してみることにしましょう。今回はその前編です。


ベネズエラ略史

話の前置きとして、そもそもベネズエラがどういう国なのかについて復習しておきましょう。

例によって『広辞苑』(第七版)を調べます。ベネズエラはこう説明されていました。

「南米北部、カリブ海に面する共和国。15世紀末コロンブスが来航。1811年スペインから独立。住民は欧米系や混血が多く、言語はスペイン語。世界有数の産油国(後略)」

ベネズエラも他の南米諸国と同様、かつてはスペインの植民地でした。『広辞苑』にある通り、1811年には最初の独立を果たすものの、再びスペインに支配されてしまいます。しかし1819年にコロンビア、ベネズエラ、エクアドルを含む大コロンビア共和国が樹立され、1821年にはスペインを退けることに成功。1829年には大コロンビアからベネズエラが分離独立しました。実はこの辺りの歴史が、通貨名「ボリバル」にも大きな影響を与えることになります。その話は後ほど。

そんなベネズエラでボリバルと名付けられた通貨が登場したのは、1879年になってからのことでした(独立した1811年から1879年までの経緯は複雑なので省略)。このボリバルが現在まで継続して使用されています。

ボリバルの歴史的区分は「3つ」ある

そんなボリバルですが、実はその歴史的区分が「3つ」ありました。

最初のボリバルが登場したのは、前述の通り1879年のこと。このオリジナル版ボリバルの通貨略称(タイのバーツでいうところのbt.に相当する表記のこと)は「Bs.」。国際規格・ISO 4217に基づく通貨コードは「VEB」でした(通貨コードの命名原則は国名2文字+通貨名1文字。VEはベネズエラの略で、Bはボリバルの略。詳しくは「円はJPY、ドルはUSD、ビットコインは?通貨コードの仕組み」を参照)。

しかしこの正式名称が2008年に変更になりました。これが2つめの歴史的区分となります。その新名称は「ボリバル・フエルテ」(bolívar fuerte)というもの。通貨略称は「Bs.F.」。通貨コードは「VEF」(Fはフエルテの略)に改められました。これはデノミに伴い実施された措置。1000ボリバルを1ボリバル・フエルテに変更(つまりゼロを3つ削除)したものです。

そして、3つめの歴史的区分が今年8月に導入された「ボリバル・ソベラノ」(bolívar soberano)となります。通貨略称は「Bs.S.」、通貨コードは「VES」(Sはソベラノの略)です。冒頭でも紹介した通り、この変更もやはりデノミに伴うもの。今回は10万ボルバル・フエルテを1ボリバル・フエルテに変更(つまりゼロを5つ削除)する措置でした。とかくインフレに襲われた通貨は、短期間のうちに複数の通貨コードを食いつぶしがちです。本コラムではたびたび登場する「あるある」ですね。

ともあれ単にボリバルといっても、その歴史的区分は3つに分けることが可能なのです。新呼称に登場するフエルテやソベラノといった言葉も気になるところですが、その話題は後ほど紹介することにしましょう。

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