バブル時代を象徴する「経済関連の言葉」――本稿ではこれを便宜的にバブル語と呼びます――を振り返る内容をお送りしております。今回はその第2回(全3回)。第1回では経営・労働の言葉を紹介しましたが、今回は「不動産」と「消費」の言葉を紹介します。


不動産のバブル語(1):上げて転がす、なりすます

そもそもバブル経済では、何が「バブルのように膨れ上がる」のでしょうか。言い換えると、何が「実体経済からかけ離れて高騰する」のでしょうか。例えばアメリカのITバブル(1990年代末期~2000年代初頭)の場合、それはネット関連企業の「株価」を指していました。一方、日本のバブル景気(86年~91年)の場合、それは株価と「地価」でした。

当時の日本では「土地の価値は必ずあがる」などという言説が、疑いもなく信じられていました。そのため土地を担保にした安易な融資が横行したり、転売を主目的とする土地の売買が盛んになったりしたのです。

そういった背景から登場したバブル語が「土地転がし」や「地上げ」といった言葉でした。

まず土地転がしとは土地の転売のこと。当時は土地をただ右から左に転売するだけで、ほぼ確実に利益が得られました。そこで「これから購入する土地」を担保に入れて、金融機関から融資を受けるような枠組みも成立していたのです。このような枠組みであれば、たとえ自己資金がなくとも土地への投資が可能になります。

もうひとつの地上げとは、低層住宅などの密集地である土地を強引に買い取り、再開発用の広い更地を確保することを指しました。これを専門に行う不動産ブローカーを「地上げ屋」といいます。彼らは暴力団と繋がっていることも多く、地上げ対象の住民に対して「札束を積む」「嫌がらせをする」「暴力を振るう」などの方法で追い出し行為を行っていたものでした。

余談ながら、最近「地面師」(じめんし)という言葉も話題になりました。大手住宅メーカー・積水ハウスから55億円をだまし取った犯罪グループのことです。この地面師とは「地主になりすまし土地を売る詐欺師」のこと。少なくとも明治時代には登場していた言葉でした。そして彼らはバブル時代においても、大きな存在感があったのです。

このように「土地関係の俗語」に大きな存在感があったことも、バブル語の特徴でした。

不動産のバブル語(2):億ションが建つ、鉛筆ビルも建つ

さて、不動産といって忘れてはならないのが上物(うわもの)。つまり建物のことです。もちろんバブル語のなかには、建物に関連する俗語もありました。

そのなかで比較的有名な言葉が「億ション」ではないでしょうか。これは分譲価格が1億円以上のマンションのことを指します。『日本俗語大辞典』(米川明彦編、東京堂出版、2003年)は1988年の用例を拾っていたので、おそらくこの時期までには一般化していた言葉だったのでしょう。

ちなみに『広辞苑』(岩波書店)は、今年発売の第七版でこの言葉を初めて掲載しています。近年の東京で、マンション市場の都心回帰と価格高騰が進んだことも影響したのかもしれません。億ションは、バブル語であると同時に、現在進行系の俗語でもあるのです。

一方、「これもバブル語だったのか?」と驚くようなキーワードも存在しました。それは「鉛筆ビル」のこと。現代においては「ペンシルビル」がより一般的な呼称でしょうか。経済学者・野口悠紀雄が著した『戦後経済史~私たちはどこで間違えたのか~』(東洋経済新報社、15年6月)には、鉛筆ビルに関するこんな記述が登場します。

「(バブル経済の時代には)『鉛筆ビル』という言葉も生まれました。非常に狭い敷地の上に、5階建てくらいの、鉛筆のように細長いビルを建てる。こうした奇妙な言葉が、普通の用語として、あちこちで聞かれるようになりました。」

このようにバブル時代には、不動産の上物に関する俗語にも存在感があったのです。

消費のバブル語(1):「ハナモク」が登場した理由

さてここからは「消費」分野のバブル語に目を転じます。

まず紹介したいのが「花金(はなきん)」という言葉。これは「花の金曜日」を略した言葉で、土日の休みを控えて心が浮き立つような金曜日のことを指しました。『現代用語の基礎知識』(自由国民社)の1986年版(85年末の発売)では、「はな金 花の金曜日。OL用語」との説明もあるので、おそらく女性発信の言葉だったのでしょう。

このような言葉が登場した背景には、当時、民間企業の間で週休二日制度の普及が進んでいた状況があります(国家公務員は92年以降、公立学校では02年以降に実施)。これは明治時代に「半ドン」(土曜半休の意、半分ドンタクの略、ドンタクは日曜日の意)が登場して以来の休日改革でした。その改革のインパクトが「金曜日の浮かれた気分」を作り上げたわけです。

さて面白いことに、新語・流行語大賞(84年創設)では、85年に流行した花金をなぜか見逃しています。しかし88年の回において「ハナモク(花木)」を選出しました。

その受賞理由を記した文章には、当時の若者のライフスタイルが記されていました。それによると、若者は金曜夜に海外旅行などへ出かけるため、街中での遊びには木曜夜の時間を充てた、との旨の記載がありました。当時大学生だった筆者にはいまいちピンとこない感覚なのですが、当時の世間ではそんなライフスタイルが登場していたのでしょう。

消費のバブル語(2):グルメ

さて消費のバブル語としてもうひとつ紹介したい言葉があります。それは「グルメ」のこと。実はこの言葉が世間で存在感を示し始めたのも、バブル時代のことでした。

そもそもグルメ(gourmet)とは、本来ならば「食通」「美食家」を意味する言葉です。しかし最近では、この言葉が「美味しい料理」のことも意味するようになりました。例えばグルメ番組といえば「食通・美食家を紹介する番組」というより、「美味しい料理を紹介する番組」のことですよね。広辞苑がグルメの項目に「美味しい料理」の意味を加えたのは、なんと今年発行の第七版になってからのことなのです。

さてこの言葉がバブル時代に流行した経緯について、『明治・大正・昭和の新語・流行語辞典』(米川明彦著、三省堂、2002年10月)は次のように説明していました。なお同書では、グルメを1986年の言葉として紹介しています。

「グルメブームになり、マスコミで紹介された飲食店にいくような『一億総グルメ化』現象が起きた。テレビでは『グルメ番組』、漫画では『美味しんぼ』が人気があった」

引用文中に登場する漫画『美味しんぼ』の連載が始まったのが83年のこと。85年に単行本化が始まり、これが当時のグルメブームの火付け役となりました。そして86年の新語・流行語大賞では、漫画中の重要ワードである「究極」が受賞語となっています。『明治・大正・昭和の新語・流行語辞典』が86年の欄にグルメを載せたのも、このような状況を受けてのことなのでしょう。

面白いことに「B級グルメ」という言葉も85年の時点ですでに登場していました。定説では書籍『東京グルメ通信・B級グルメの逆襲』(田沢竜次著、主婦と生活社、85年)がそのルーツ。これは当時の流行であった高級グルメ(フランス料理など)のアンチテーゼとして登場したコンセプトでもありました。このようなアンチテーゼが存在感をもつぐらい、バブル時代のグルメブームは凄まじいものだったのです。

――ということで、今回はここまで。次回、バブル語の最終回は「恋愛」と「コマーシャル」をテーマに分析を進める予定です。どうぞ、お楽しみに。