生活

「太陽の沈まない国」がもたらした価格革命(1)

簿記の歴史物語 第32回

新大陸の悲劇

1492年にコロンブスによって新大陸を「発見」したスペインは、コンキスタドール(征服者)を送り込みました。1521年にはエルナン・コルテスがアステカを滅ぼし、スペインはメキシコを手中に収めます。さらに1533年にはフランシス・ピサロがインカ帝国を滅ぼしました。こちらは以前の連載でもご紹介しましたね。

コンキスタドールの目的は、金や銀などの貴金属を持ち帰ることでした。国王フェルナンドは「金を持って帰れ。可能なら人道的にせよ。だが、必要とあれば手段を選ばず、とにかく金を持って帰れ」という、かなり露骨な命令を出しています。[4]そしてスペイン人の思惑通り、まずはイスパニョーラ島(※現在のハイチとドミニカ)で、続いてメキシコやアンデス山脈で金銀が発見されました。

1545年、現在のボリビアで巨大な銀の鉱脈が発見されます。

悪名高いポトシ銀山です。

なぜこの鉱山が「負の世界遺産」と呼ばれるのかといえば、現地のインディオたちの強制労働に支えられていたからです。スペイン人たちは当初、近隣の村から男たちを集めて銀を掘らせていました。しかし労働環境は劣悪で、鉱員の死亡率は非常に高いものでした。結果、労働力が不足するようになります。

そこでスペイン人は(少し時代は下りますが)16世紀末には「ミタ」と呼ばれる強制労働の制度を復活させました。これはもともとインカ帝国に存在していた制度です。インカの人々はこの制度を利用して一種のプランテーションを運営し、食糧を供給して飢饉を防いでいました。この制度を復活させたことで、スペイン人は実に51万8000平方キロメートルにおよぶ地域から成人男性を徴用できるようになりました。[5]これは日本の国土の1.37倍です。

さらにスペイン人は人頭税を布きました。成人男子に毎年一定の額を〝銀で〟支払わせたのです。その銀を入手するため、男たちは鉱山を始めとした労役に付かざるをえなくなったのです。[6]

このような制度がインディオの生活に与えた影響は壊滅的でした。

中南米ではスペインによる征服直後に人口崩壊が起きています。アステカ帝国のあったメキシコでは主にヨーロッパから持ち込まれた疫病が、またインカ帝国のあったアンデス山脈周辺では戦闘と紛争の頻発が、それぞれ大幅な人口減少の要因だとされています。[7]問題は、一度減った人口をなぜ回復できなかったのか、です。たとえ死亡率がどんなに高くても、出生率がそれを上回れば人口は増えます。

スペイン人たちの布いた制度は、本来なら他の生産活動に従事すべき働き盛りの男たちを農村から引き離し、代わりに金銀を掘らせました。結果として、現地人の共同体は崩壊し、飢饉と貧困が蔓延するようになりました。たとえ赤ん坊が生まれても、育てられないような状況に陥ったのです。そのような状況では、人口を回復させることなど不可能でした。

1638年にはある修道士が次のように書き記しています。

「ポトシで鋳造されるコイン1枚につき、10人のインディオが犠牲になっている」[8]

新大陸で産出した銀は延べ棒に精錬され、スペインのセビリアの港へと運び込まれました。船団はときに100隻の規模になり、年間170トンもの銀がヨーロッパに流れ込んだのです。[9]

この膨大な量の銀こそ、スペイン帝国繁栄の象徴でした。

しかしこれほどの銀を手に入れていながら、スペイン帝国の財政はつねに火の車でした。カルロス1世(カール5世)が1556年に退位したとき、王室の負債は3600万ダカットに膨らんでいました。[10]在位中、毎年100万ダカットの赤字を出した計算であり、これは銀による歳入の100年分に匹敵します。王室は1557年、1575年、1576年、1607年、1627年、1647年と、ほぼ20年おきに債務不履行に陥っています。[11]

なぜ、こんなことになってしまったのでしょうか。

次回の記事では、この謎に迫ります。

■参考文献■
[1]ジェイコブ・ソール『帳簿の世界史』文藝春秋(2015年)p95、p112
[2]フランシス・フクヤマ『政治の起源』講談社(2013年)上p282-283
[3]ジャック・アタリ『1492 西欧文明の世界支配』ちくま学芸文庫(2009年)p44
[4]ウィリアム・バーンスタイン『「豊かさ」の誕生』日経ビジネス人文庫(2015年)下p99
[5]ダロン・アセモグル&ジェイムズ・A・ロビンソン『国家はなぜ衰退するのか』ハヤカワノンフィクション文庫(2016年)上p54
[6]ダロン・アセモグル&ジェイムズ・A・ロビンソン(2016年)上p57
[7]マッシモ・リヴィ‐バッチ『人口の世界史』東洋経済(2014年)p63
[8]ニーアル・ファーガソン『マネーの進化史』ハヤカワノンフィクション文庫(2015年)p52
[9]ニーアル・ファーガソン(2015年)p56
[10]ジェイコブ・ソール(2015年)p117
[11]ウィリアム・バーンスタイン(2015年)下p104-105

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