はじめに
1月20日、いよいよアメリカのドナルド・トランプ新大統領が誕生します。トランプ氏はすでに大統領就任初日に実行する政策を発表していますが、選挙戦で掲げた「TPP離脱」もそのなかに入っています。公約通り、保護貿易やアメリカ国内の雇用を回復させるための政策を優先させるのでしょうか。
そんななか、新年早々、気になるニュースが飛び込んできました。トランプ氏が、トヨタに対して警告を発したというのです。気になるその中身を紐解いていきましょう。
新大統領がトヨタに警告?
1月5日、トランプ新大統領は、トヨタが建設を計画しているメキシコ・カローラ工場について、「とんでもない!」「アメリカ国内に工場を作れ。さもなければ、高い関税を払え」と警告するメッセージをツイッターに投稿しました。
Toyota Motor said will build a new plant in Baja, Mexico, to build Corolla cars for U.S. NO WAY! Build plant in U.S. or pay big border tax.
— Donald J. Trump (@realDonaldTrump) 2017年1月5日
現在、トヨタはメキシコ中部のグアナファト州に10億ドル(約1,160億円)をかけた新工場の建設計画を進めており、昨年11月に起工式を済ませたばかりです。
工場が稼働を始め、メキシコで作られた車がアメリカに輸出された場合に、トランプ氏は本当に「国境税」を課すことができるのでしょうか?
答えはふたつあります。「現在の国際貿易の枠組みでは難しい」という優等生なものと、「枠組みが変えられてしまえば、それに近い報復措置を取ることができるようになるかもしれない」という、より現実味のあるものです。実際に1989年と1990年には、このような貿易戦争への報復措置が発動しかけたことがあります。
より詳しく状況を解説しましょう。
問題の核心はメキシコにあり
この問題の根幹をなすのは、日本ではなくメキシコです。メキシコはカナダ・アメリカと3ヶ国の間で「NAFTA」という自由貿易協定を結んでいます。これによって一部の農産物を除く輸入品目に関税がかからなくなっています。
このような巨大な経済圏が誕生したことでお互いが大きな恩恵を受け経済発展してきたわけですが、細かいことを言うと、アメリカからメキシコへの輸出額は2010年に1,633億ドルだったのに対して、輸入額は2,297億ドルと664億ドルも輸入が多くなっています。ここにアメリカ国民の不満があるのです。
そしてメキシコからの輸入額が多い品目を順に見ると、石油に次いで自動車が並びます。これを指して、トランプ氏は「メキシコの自動車工場がアメリカの雇用を奪っている」と腹を立てているのです。
実はこれまでにも同様の警告が、アメリカの自動車大手フォード・モーターに対しても発せられています。1月3日、フォードは、16億ドルを投じて建設する予定だったメキシコ新工場の建設計画の撤回を発表しました。
大統領権限は協定を超える?
自由貿易について協定が定められているのにもかかわらず、それを妨げることがトランプ大統領にできるのでしょうか?
基本的には、立法府である議会がNAFTAの協定を見直したり、取り消したりする決議をしなければ、行政府のトランプ大統領には何もできないというのが優等生の立場からの回答です。
しかし、そうではない前例があります。1989年から90年にかけてジョージ・H・W・ブッシュ大統領の下で「スーパー301条」という通商法の追加条項が発動する事態が起きました。これは「不公正な取引慣行を持つ貿易相手国との協議を義務付け、問題が解決しない場合は制裁を行う」という条項で、海外製品の流入にいらだった議会が通したものです。
この時、日本はスーパーコンピュータや衛星分野で協議を行い、制裁発動を回避することができましたがアメリカに対して大幅な譲歩を求められました。
その後、日米構造協議が始まり、日本の自動車業界は大きなルール変更を課せられることになりました。協議の途中で当時のクリントン大統領はスーパー301条の復活をちらつかせ日本を脅しました。つまり、大統領はその気になれば、かなりの圧力を相手国にかけることができるのです。