はじめに

貧困家庭を圧迫する"学校指定"

――義務教育の時点で学習支援が必要になるとは、そもそも、学校の教え方などにも問題はないのでしょうか?

学習会に来る子には、中学生で九九ができないという子が少なくありません。九九ができないままでも進級できる仕組みになってしまっているからです。「もっと早くに手を打ってもらえていたら、本人もこんなに苦しい思いをしなくてもよかったのに」とは思います。

学習会は、そもそもは子どもを集めやすい学校で開催したいと思っていました。でも、学校を場として使う限り、大学生のボランティアスタッフでも教職課程を履修している人でないとダメだったり、色々と制限が多くて、できずにいます。

他に制服などの必需品に関して、子どものためだったら無理にでもお金をだす保護者の気持ちが利用されているのでは?と思う、経済的な面での問題を感じることがあります。

――たとえば?

「アルマーニの制服8万円は高い」と問題になりましたが、公立でも中学にもなると、制服代はそれなりの大きな額のお金がかかります。学校によっては、学校指定なのに7万円近くかかったり、通学用の自転車なども、学校指定の縛りで相場より5倍近くもする価格のものを買わざるを得なかったりするところがあります。

――確かに、学校の業者選定の透明性については、最近よく問題になっています。企業との癒着とまではいかなくとも、なれ合いのような側面があることも指摘されています。

もし、学校関連の備品を作る地元企業などを支える必要があるのなら、中小企業支援などの枠でやるべきだと思います。結局、そうしたあれこれが貧困家庭はもちろん子育て家庭全体にしわ寄せとしていってしまっている。

「子どもが生まれたら100万円」の社会は良い社会?

――今後、子どもの貧困や教育格差はどう解決していけばいいでしょうか?

私の概算では、少なくとも文科省の子どもに関する予算を今の倍にしないとダメという感触です。直接的なお金での支援が難しいなら、食料を援助すれば、浮いたお金で貧困家庭も、勉強机を置けるようなもう少し広い部屋を借りられます。

たとえば、お米も社会問題になる程余っているなら、貧困の子育て家庭には「お米券」を年間50キロ分配布する。こうしたもう一歩進んだ援助・政策ができれば、大分、違います。その方が、国や自治体が行う学習支援も生きてくるはずです。

――生活そのものを支える、ということですね。

日本人の特性として本当にどうしようもない状況になってから、ようやく対策を始めるというのがあるように思います。早晩、子どもが減り続け、子ども1人生んだら100万円をあげるという社会にならざるを得ないのではないでしょうか。でも、既にその時には子どもを生む人の母数も少なくなっていて、焼け石に水のような効果しかもたらさない。

今のうちに支援し、子どもが生まれる数を100万人に回復する努力や投資をしておいた方が、まだ将来のコストも減るのではないでしょうか。

このままだと、将来、ちょっと思い切った市長などが出てきたら、財源がなくなってきたということで、自治体によっては「A市では高齢者は全員、医療負担を3割負担。子どもに関しては無料にします」となるでしょう。そうなると、「じゃあ、隣の市に移ろう」という人も出てくる。結果、今度は老人の押し付け合いみたいな嫌な社会になる。

――弱者同士が争う、絶望的な社会です。

2030年に高齢化率は30%になります。2030年って、もうすぐですよね?いよいよリアル感を持たないと、子どもがこれ以上少なくなってからではどうしようもない。みんな、すごくのんびりしていますけれども、実際に気づいている富裕層は既に海外に逃げています。若者がこのままでは子どもを産めないと気づいています。

給料をベースアップしても、手取りが増えず、引かれるものだけ多くなるという今のトレンドが続くと本当に危険です。(社会不安により)何が起こってもおかしくないのが現状だと感じます。

(談話まとめ)
本記事で取り上げたキッズドアの調査は、調査対象を貧困家庭に絞っています。この調査では、子どもの保護者の年収は平均304.9万円でした。対して、全国のあらゆる小・中学生を対象にした文科省の類似調査では、子どもの家庭の世帯収入は平均633.3万円。

さらに、キッズドアの調査ではひとり親世帯が6割を占め、その平均年収はより低い245.7万円。改めて、貧困家庭では多くが全国平均の半分以下というかなり苦しい経済状況で子育てをしていることがわかります。

満遍なく一般家庭から数字をとって平均にならすと、どうしても年収は"高ぶれ"します。一部の高所得者が分母を押し上げるなどするためです。文科省の調査は非常に重要ですが、その数字だけを見ていると貧困の存在自体も見えにくい。貧困家庭に「怠け者」とレッテルを貼る前に、渡辺さんが指摘しているように実態と背景を知る必要性を一層感じます。

取材協力

渡辺由美子(わたなべ・ゆみこ)

特定非営利活動法人キッズドア 理事長。千葉大学工学部出身。大手百貨店、出版社を経て、フリーランスのマーケティングプランナーとして活躍。その後、家族で英国に移住し、「社会全体で子どもを育てる」ことを体験する。2007年任意団体キッズドアを立ち上げ、2009年内閣府の認証を受け、特定非営利活動法人キッズドアを設立。著書に「子供の貧困 未来へつなぐためにできること」(水曜社発行)

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