はじめに
中国でアリババグループのアリ会員向けに開発された重大疾病保障が注目を集めています。10月16日にオンラインで加入の受付を開始して以降、わずか2週間ほどで加入者が1,300万人を超えました。
通常、重大疾病医療保険に加入する場合、加入時に保険料を支払う必要があります。しかし、このアリババ会員向けの重大疾病保障は、加入時にはお金がかからず、発生した給付の多寡に応じて後払いするという特徴があります。
加入が急速に広まった背景には、何があるのでしょうか。
加入に必要なのは「アリ会員」と「ゴマスコア」
今回の重大疾病保障は、アリババグループのアリ保険と、アリ金融が出資するネット生保相互会社の信美人寿が共同で開発し、ネット決済のアリペイ上で加入の受付をしています。
加入条件は、アリババのサービスを利用し、会員登録したアリ会員であること、アリババのネット上の信用偏差値ゴマスコアが650点以上であること、年齢が18歳から59歳までであること、健康状態が条件を満たしていること、となっています。
アリ会員とは、アリババグループが形成するネット上の経済圏において、さまざまなサービスを利用し、会員登録したユーザーのことです。アリババ経済圏のサービスの利用頻度に応じて、一般会員、ゴールド会員、プラチナ会員、ダイヤモンド会員にランク分けされています。
一方、ゴマスコアは、アリババ経済圏におけるユーザーの消費行動を偏差値化したもの。内容としては、本人の学歴などの特性や、オンライン上の金融取引、SNSの人脈、ネット決済状況、経済力などを総合的に評価し、ユーザーを350点から950点で表しており、ネット上の信用偏差値として活用されています。
何が加入者を惹きつけたのか
このように、重大疾病保障への加入に際しては、アリ会員やゴマスコアなど、グループが独自に蓄積したコンテンツをフル活用することで、モラルリスクを一定程度担保しています。仕組みとしては、以下のようになっています(下図)。
加入者が給付対象である重大疾病に罹患し、診断が下された場合、信美人寿が内容を審査したうえで、事案を加入者に公開します。公開は毎月7日、21日となっています。加入者は内容に異議がない場合、保障コストをアリペイで支払い、加入者に給付金が支給されるという仕組みになっています。
1人当たりの保障コストは、給付金額に受給者数を掛けた金額と、給付金合計額の10%の管理費を加えた合計金額を、加入者数で除して算出されます。その算出額が毎月14日、28日にアリペイから引き落とされます。
給付対象となる重大疾病は100種、給付金は39歳までが30万元、40~59歳が10万元となっており、疾病の発生率が高い 40 歳以上については、給付が相対的に少なく設定されています。
保障コストといった面から考えると、一般的な重大疾病保険に加入する場合、年齢や保障内容によりますが、年間保険料は 200~2,000 元ほどが必要となります。
中国では医療保険制度として、高額な治療費が必要となった場合の自己負担は重くなります。悪性腫瘍などの重大疾病の治療には 50万~60 万元が必要とされており、疾病に罹患した患者のうち、およそ 42%は家計が貧困に陥っているという発表もあります。
今回の重大疾病保障のように、保障コストが年間で 100~200 元に抑えられれば、加入に際してのハードルは低くなります。加えて、運営において、発生した給付事案が公開されること、管理費を明示していることなどから、透明性の高い医療保障として信頼を獲得し、短期間で加入者数が急増したと考えられます。
最も古く最も新しいモデル?
このように、アリババグループによる新たな医療保障は、相互救済という伝統的な理念を、ブロックチェーンなど最も新しい技術で実現しているといえるでしょう。
ただし、年齢や性別に関係なく負担が同一であるがゆえに、モラルリスクが発生する懸念があります。また、若年の加入者間で不公平感が発生し、加入者の大幅な減少によって運営を維持できない可能性がある点にも留意が必要でしょう。
中国では、このように新しい保障モデルが次々に開発される一方、主務官庁による規制が追い付いていないということもあります。ただ、これまでの保険や相互保険の定義の枠組を超えた新たな保障のあり方は、日本にとっても今後参考になるかもしれません。
(写真:ロイター/アフロ)