はじめに
同じような年代、学歴、職歴なのに、約30年間で金融資産に10倍の差がついた事例があります。ほかでもない、日本人である私の両親と、米国人である妻の両親の話です。
日本人である私の両親は、退職金で住宅ローンを完済し、数千万円を手元に残しました。今の現役世代と違って、年金も受け取れているので、日本ではとても恵まれた層だと思います。
一方、アメリカ人である妻の両親は、若い頃からプロのアドバイスに従って、余裕資金をすべて積み立て、世界中の株式や債券に分散投資してきたそうです。採用面接に行くスーツを買うために借金をするほどだった彼らは、「長期・積立・分散」の資産運用を約30年間続けたことで、富裕層の仲間入りをすることになりました。
2組の夫婦の決定的な違いは、どこにあったのでしょうか。
国際結婚で知った庶民レベルの資産格差
2013年のクリスマス。米国シカゴ郊外にある妻の実家で過ごしていた私は、ある数字に目を見張りました。それは、アメリカ人である妻の両親の、金融資産の額でした。
私は当時、経営コンサルティング企業、マッキンゼー・アンド・カンパニーのニューヨーク事務所で、ウォール街に本拠を置く機関投資家による 10 兆円規模の資産運用をサポートしていました。その話を聞いた妻の両親から、「ウォール街の機関投資家をサポートするのもいいけれど、私たち家族の資産運用も見てほしい」と頼まれたのです。
妻の両親は、プライベート・バンクで資産を運用しているといいます。私は耳を疑いました。プライベート・バンクというのは、通常は3億~5億円、少なくとも1億円の資産を預けないと口座開設すらできない、富裕層専門の金融機関です。一介のサラリーマン夫婦が利用できるサービスではありません。
しかし、運用報告書を実際に見てみると、確かにプライベート・バンクのロゴが入っており、数億円の金融資産の内訳が記されていました。
妻とは、マッキンゼーの前に勤めていた財務省在籍時に留学したハーバード大学の茶道サークルで知り合いました。彼女もその両親も、普段の生活ぶりはとても質素です。近所の安いスーパーに買い物に行き、外食することもほとんどありません。 車もごく普通の日本車です。プライベート・バンクに委ねるほどの資産をもっているとは、露ほども想像したことがありませんでした。
とはいえ、思い当たる節もありました。義父は退職する前、自家用飛行機を所有し、それを操縦して家族で別荘に行っていました。シカゴ郊外の自宅は広く、私たちが結婚した時には、裏庭にテントを張って80人が出席する披露宴を開くことができたほどです。
預金100万円の頃から資産を運用してきた
彼らは、若い時から20年以上にわたって「長期・積立・分散」の資産運用をしてきました。 話を聞いてみると、会社の福利厚生で、まだ資産がほとんどない若い頃からプライベート・バンクによる資産運用サービスを利用できたといいます。幸運なことに、たまたま近所に住んでいたフィナンシャル・アドバイザーにも、資産運用を任せることができました。
アメリカ人は、預金をほとんど持たないことで知られています。日本では個人金融資産に占める預貯金の割合は50%を超えていますが、米国ではその割合はわずか 14 %です。
多くのアメリカ人は、毎月の収入から生活費や住宅ローン、教育費を支払った残りを資産運用に回します。日本のように、老後の生活を国の年金制度や会社の退職金に頼るわけにはいかず、自分で資産運用をする必要があるからです。1980年代のインフレで預金の価値が大きく目減りしてしまった記憶も、この傾向を後押ししています。
話を戻すと、妻の両親は20年以上、プライベート・バンクやフィナンシャル・アドバイザーといった金融のプロに資産運用を任せてきました。プライベート・バンクは、米国を含む世界中の株式や債券などに幅広く資産を分散し、資産のバランスを調整しながら毎月、追加投資を行います。これを10年、20年と続けていくと、「長期・積立・分散」の資産運用が実現します。
妻の両親は、毎月の収入から生活費や住宅ローン、教育費を支払った残りを、預金ではなく資産運用に回していました。まだ資産が100万円に満たない時から富裕層向けの資産運用サービスを20年以上にわたって利用し続け、数億円の金融資産を築くことができました。
もし私の両親が資産運用をしていたら…
プライベート・バンクの運用報告書を手にしながら私の頭に思い浮かんだのは、東京に住む自分の両親のことでした。
金融機関に勤めていた両親は、バブルが崩壊してからは株式投資をやめ、資産を預金と保険だけに委ねていました。バブルの時代に組んだ住宅ローンを退職金で完済し、リタイア時には数千万円の資産を保有していました。
ところが、妻の両親と比べると、同じような年齢と学歴、職歴であるにもかかわらず、金融資産に10倍の差があります。「長期・積立・分散」の資産運用をしてきたかどうかで、 これだけの違いが出たことになります。
アメリカ人の妻の両親が、金融について詳しいわけではありません。子供のクリスマス・ギフト(日本のお年玉のようなもの)の運用はアドバイザーに頼まず自分たちで行っていましたが、投資信託の選択がうまくいかず、20年間運用してリターンはほとんどありませんでした。
大きな資産を築くことができたのは、金融リテラシーが高かったからではなく、富裕層向けの資産運用サービスをたまたま利用できていたからです。
もしも私の両親が若かった時、妻の両親と同じように、富裕層向けの資産運用サービスを利用できていたら……。もしも銀行や証券会社、さらには郵便局や農協など全国津々浦々で、こうした資産運用サービスが提供されていたら……。
そうであれば、私の両親は「長期・積立・分散」の資産運用をして、今の10倍近い金融資産を保有していたかもしれません。私の両親だけでなく、日本人全体が、もっと豊かになっていたはずです。
日米の家族の間に10倍もの金融格差があったことに、私は大きなショックを受けました。この出来事がきっかけとなり、私は日本で、誰でも安心して利用できる資産運用サービスを立ち上げようと決意しました。
※ 本稿は柴山和久著『元財務官僚が5つの失敗をしてたどり着いたこれからの投資の思考法』(ダイヤモンド社)の一部を再編集したものです。