はじめに

南青山に建設予定の児童相談所を含む施設を巡って、論議が紛糾。社会問題となっています。

日本の家族文化・家族問題を踏まえ、いわゆる一等地と呼ばれる地域の家族から寄せられる相談事例を挙げながらこの問題を考察します。


「児童相談所」建設の誤解

東京都港区南青山五丁目に2021年4月に開設が予定されている「港区子ども家庭総合支援センター(仮称)」を巡り、近隣住民による建設反対と自治体との論議が紛糾しています。

まず前提として、報道では「児童相談所」という点がクローズアップされがちですが、本施設は「(1)子ども家庭支援センター」「(2)児童相談所」「(3)母子生活支援施設」三つの機能を有した施設であることを念頭に置く必要があります。

反対を表する住民らの声は、主に下記のようなものです。

当該施設の建設地が南青山である必然性を疑問視する声

・子どもをレベルの高い学校に通わせたくて、土地を購入し、家を建てた。
・貧困層や施設に通所せざるを得ない子どもたちが、南青山に住む子どもたちを見てつらい気持ちになるのではないか。
・当該施設の建設による地価の下落や治安の悪化を案ずる声。

住宅購入は生涯でもっとも高い買いもののひとつ。さまざまな要素を考え検討を重ね、多額の資金を投じるものですから、その後の思わぬ環境変化に神経を尖らせる心情には理解を寄せます。

ただ、それでもこれらの声に危うさを感じざるを得ません。

一等地で起こる家族問題の深刻な現実

筆者が近隣住民のかたの反対意見に感じる危うさ。

より具体的にいうと、それは「想像力の欠如」です。その「想像力」には、下記の二種が挙げられます。

1.「現在の自分(および家族・家庭)」と異なる環境や生育歴、価値観にある多種多様な他者に対する想像力
2.「現在の自分(および家族・家庭)」に対する長期的な視点に立った想像力

1は、比較的多くの人が感じることかもしれません。

むしろ警鐘を鳴らしたいのは、2のほうです。

「現在の自分(および家族・家庭)」への将来に渡る想像力の欠如とは、人間、誰しも長い人生において、たとえいまはそうではなくとも、いつ何時、自らが子育てやDV、家庭内暴力など、家族問題に悩み、相談・支援や行政、福祉の手を借りる当事者になるかわからない、という点に想像が及んでいないことを指しています。

「地域」と(子育てを含む)家族文化・家族問題には密接な関係があります。筆者も含め、家族問題に関わる専門家たちのあいだでは「いわゆる一等地といわれる地域からの相談内容の深刻さ、深刻な相談件数の多さ」は、事実なのです。事件性に直結するもの、人命に即座に関わりかねないものが、非常に多い。

世のなかで起きる「まさか」という事件、「エリート一家に何が」「幸福そうな家族で何が起きたのか」などとセンセーショナルに報じられる事件を思い起こしてみてください。

引きこもり、暴力、虐待、依存症…切迫する家族

一等地と呼ばれる地域からの相談事例を挙げると、たとえば中高生までは優等生だった子が、大学進学や就職、職場で挫折をして以来、20年を越える引きこもり状態にあり、中高年となった現在、老齢の親に暴力を振るい、気に入らないことがあれば暴れる、暴言を吐くといったものがあります。

両親は「いつわが子に殺されるか」という恐怖に支配されるなか、わが子の将来や自分たちの老い先を考え、また世間を騒がす大量殺傷事件や通り魔事件などを見聞きする度に、わが子の攻撃性が他所様へ向かうのではないかと案じてさえいます。

そうなる前に、わが子を自分たちが殺して一家心中してしまったほうがよいのではないかと切迫しているのが現実です。

経営者として社会的地位が高く人望もある夫が、実の娘に性的虐待を働いているところを目撃してしまった、どうすればよいのかと震え、混乱した状態でご相談にいらっしゃるかたもいます。

また筆者は依存症問題にも取り組んでいますが、薬物依存やギャンブル依存、アルコール依存のほか、なかなか認知され難い窃盗症(クレプトマニア:マラソンの原裕美子元選手の事件でも語られました)なども含む依存症に悩む家庭は、一等地とは無縁かというと、全くそんなことはありません。

代々続く医者家系に生まれ、「幼い頃から英才教育を受け『進学先は東京大学』『医師になって、父の病院を継ぐこと』以外の選択肢を持つことは許されざることだった。自分にはそれができてしまった」と涙しながら、幼い頃から現在に至るまでの生きづらさや苦しみを私のもとへ相談にきて打ち明けてくださる医師もいます。

その相談にくる時間でさえも「医師として(患者様の診察に生かすために)心理学の研修を受けてくる」と家族には言ってくるのです。

相談してもらえるならば、私たち家族問題の専門家からすると、ある意味、安心するのです。相談できず、誰にも打ち明けられず、身近な人にSOSを出すこともできず、家族だけ、あるいは自分だけのうちに苦しみを秘めている人たちが水面下にどれほどいることか——。

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