はじめに

欧州連合(EU)からの離脱、いわゆる「ブレグジット」をめぐる英国の迷走が続いています。英国の下院議会は現地時間の1月29日、EUとの間で政府が合意した離脱案の修正を求める議員からの提案を、賛成多数で可決しました。

さかのぼること2週間前、同月15日に下院で行われた採決では、EUの合意案が大差で否決されており、テリーザ・メイ首相は今回の修正案を支持。EUとの再交渉を実現させる考えを明らかにしました。

これに対して、EUのドナルド・トゥスク大統領は「離脱協定に再交渉の余地はない。英国が望んでいないことはわかったが、望んでいることはまだわからない」などとツイート。「EUの立場は明確であり、揺るがない」などとして、再交渉を拒否する姿勢を示しています。

ブレグジットが3月29日に迫る中、英国がEUとの「合意なき離脱」を回避できるかどうかは極めて流動的です。今年のFX(外国為替証拠金取引)市場で一大関心事となっているブレグジットが抱える根本的な問題と、その先行きを探ってみます。


ブレグジットがここまでこじれる原因

修正案の要諦は「バックストップ」条項の削除です。英国とEUの話し合いで最大の懸案だったのが、アイルランドの国境管理の問題。アイルランド島北部の北アイルランドは英国領で、南にあるアイルランドと接しています。

島国の英国にとって、北アイルランドはEUの加盟国と陸続きで接している唯一の地域。英国も現在はEUの一員であるため、アイルランドとの間には物理的な壁や検問所などが一切存在していません。

「バックストップ」は英国のEU離脱後も厳格な国境管理を行わず、北アイルランドだけでなく英国全体を関税同盟にとどめようという防衛策です。

英国とEUは離脱協定で合意する以前に、激変緩和措置として2020年末までを「移行期間」と定め、同期間中は英国が関税同盟に残ることで合意。昨年11月に両者が合意した離脱協定案には、移行期間内に両者の貿易協定がまとまらない場合、英国全体が関税同盟にとどまり続けることが新たに盛り込まれました。

これに強く反発したのが、英国の与党・保守党の離脱強硬派の議員です。離脱後はたとえ移行期間であっても、英国がEUの意思決定のプロセスに加わることはできなくなります。EU加盟国の会合にも原則として出席できません。しかも、英国が関税同盟から抜け出るにはEUの合意が必要です。

2016年に実施されたブレグジットを決める国民投票のキャンペーンで、「Take Back Control(主権を取り戻そう)」と訴えていた強硬派の目には、離脱協定案が「英国が関税同盟から永久に抜け出すことができなくなる」内容と映ったのです。

英国はいったい何を望んでいるのか

英国は今後、EUと「バックストップ」条項の削除をめぐる話し合いをしたうえで、下院の承認を得たい考えです。しかし、前出のトゥスク大統領だけでなく、EUや加盟国の首脳らは「再交渉には応じない」と口をそろえます。

ドイツと並ぶEUのリーダー国であるフランスのエマニュエル・マクロン大統領も、即座に反応。「両者が話し合って合意に至った離脱案が、考えうる最良の協定である」などと一蹴しました。

EU側が再交渉拒否の姿勢を鮮明にしている裏には、昨年11月の合意に関して「英国側へ譲歩した」との思いがあるとみられます。両者の「バックストップ」条項をめぐる協議でEU側が当初、主張していたのは「北アイルランド」だけを関税同盟に残すという案。これに英国側は強く異を唱えていました。

「北アイルランドだけを特別扱いすれば事実上、グレードブリテン島とアイルランド島に挟まれたアイリッシュ海に関税を築くことになるため到底、受け入れられない」というのが
英国の立場。代わって求めていたのが、英国全体を関税同盟に残すとの案でした。つまり、EU側が英国に歩み寄ったというわけです。

一方、英国の下院は29日に「合意なき離脱」を拒否するとの議員の提案も可決しましたが、同国が混迷を深めている感は否めません。これではトゥスク大統領でなくとも、「“合意なき離脱”を望まないのはわかったが、いったい何を望んでいるのやら……」とつぶやきたくなるでしょう。

市場は“延期シナリオ”を意識?

フランスのテレビ局は「合意なき離脱」に備えて、クスリの買いだめをする英国の人たちを取り上げています。英国はEU各国との医薬品の輸出入が多く、物流などが混乱するようだと輸入が滞ってしまう懸念があるといいます。

EU側もこうした「合意なき離脱」に伴う大混乱は避けたいところ。3月29日というブレグジットの期日が先送りされる可能性は残ります。

外国為替市場の英ポンドの値動きを見ると、足元はやや持ち直す展開。対ドルでは昨年12月中旬に1ポンド=1.24ドル前後まで売られましたが、その後、1.3ドル台を回復。対円でも今月1月中旬には1ポンド=140円を割り込む場面がありましたが、同水準を奪回しています。ブレグジット延期のシナリオを意識し始めているようにも見えます。

もっとも、ブレグジットが先送りされれば、むしろ「不透明要因が残ったまま」と受け止められてしまうかもしれません。当面は上値の重い展開を余儀なくされる公算もありそうです。

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