はじめに
中国政府は2020年までに、国民の社会秩序の向上に向けた「社会信用システム」の構築を目指しています。アリババの「ゴマスコア」など商用の信用偏差値とは別の、国による国民への信用格付けです。
全国に制度を普及させるため、政府は2018年1月にモデルとなる12都市を選出。現時点では、モデル都市以外でも多くの都市が実験的にスタートしています。
実際の格付け行為は、どのようにして行われているのでしょうか。中国で広がる“国民総点数化社会”の現実を深掘りしてみます。
酒酔い運転で50点減点、献血で10点加点
「信用ポイント」は、点数が高い人はより便利な生活サービスを利用でき、ルールを守らない人には行動の制限を加えるという、国による信賞必罰の評価システムです。各都市で制度の内容が異なるため、モデル都市の1つで、2018年11月に正式にスタートした山東省威海市を例に具体的に見てみましょう。
威海市の信用ポイントの名称は「海貝ポイント」です。海貝(貝)は、中国古代において貨幣として利用され、富と信用を表すものであり、威海市が海洋都市である点からも選出されました。
対象者は満18歳以上の威海市の市民で、個人を対象とした海貝ポイントは1,000点の持ち点からスタートします。ポイントの評価は大きく分けると、(1)政府や国からの表彰・奨励、(2)公共サービス、(3)法令順守、(4)社会責任の履行、(5)道徳・公益の5分野が対象となっています。
評価項目は合計29分類3,411項目で、減点内容が25分類3,242項目、加点内容が4分類169項目となっています(下表)。ポイントの増減があるとはいえ、減点ポイントの設定が圧倒的に多いことがわかるでしょう。
減点については、たとえば酒酔い運転で6ヵ月の免許差し押さえ、かつ、1,000元以上2,000元以下の罰金に処された人は、50点減点されます。また、未納の医療費が5,000元以下で、退院後、支払いの遅れが90日を超えると、10点減点となります。
加点については、例えば、年間の寄付額が10万元超~50万元以内であれば30点加点され、献血であれば1回につき10点が加点されます。
信用ポイントが高ければ特典を付与
信用ポイントは、その多寡に応じて6つにランク分けされ、AAA(1,150点以上)、AA(1,050~1,149点)、A(1,000~1,049点)、B(950~999点)、C(801~949点)、D(800点以下)となっています。Cが信用度の警告レベルにあたり、B以上で一定程度の信用度があると判断されます。
ポイントの高いAAA、AAの市民には、インセンティブを高めるうえでも特典があります。住宅ローン、文化・体育・観光、医療サービス、公共サービスなど5分類13項目の特典を設けています。
たとえば、AAAの市民は住宅ローンの金利が通常の金利よりも5~10%低くなります。中国において住宅は、結婚などを見据えたうえで重要なツールであり、高額化しているため、金利の引き下げはインセンティブとして大きいといえるでしょう。
また、病院に入院する際、病状の程度などによって一定程度の入院費をあらかじめ支払う(デポジット)必要があるケースがありますが、AAAの市民はこのデポジットを5万元分(80万円)まで免除されます。急な入院で多額の現金をすぐに用意できない場合を考えると、生活における1つの安心材料となります。
品行方正な社会を目指すはずが…
国が主導するこの取組みは、2014年6月に国務院が発表した「社会信用システム構築の計画大綱(2014~2020年)」に端を発しています。
信用ポイントは、ゴマスコアなどプラットフォーマーによる商用系スコアとは異なり、学歴や職歴、家族などの個人情報は評価の対象外となっています。本来の導入目的が、社会秩序の向上、市民の品行やルール遵守を出発点としていることからも、減点の項目数が圧倒的に多く、加点の項目数は限定的です。
この点から、点数をある程度維持するには、いかに品行方正に生活するかが重要となってきます。何をすれば加点または減点になるのかの内容は公表されており、自身の点数は、ウェブサイトや専用のアプリなどで確認が可能です。
信用ポイントの導入により、市民の行動が変化し、社会秩序の向上はある程度見込めるかもしれません。しかし、その一方で、中国がすでに抱える所得格差、社会保障格差に加えて、本人の信用度による新たな格差、信用格差を生む可能性があります。
信用ポイントは一生記録され続け、可視化されています。加えて、ゴマスコアのように、入学、結婚、就職・転職、住宅購入など一生を左右するライフイベントでの活用が進めば、格差を助長し、定着させてしてしまうおそれがあります。