はじめに
プライベート・バンカーが語る極意
そして、パートナーのスイス人はこう言葉を継ぎました。
「特別な金融商品は、お客様から求められればもちろん用意するよ。もしもヘッジファンドに出資したいということなら、たとえば1口5億円で特別なルートで紹介できる。ただ、われわれからは勧めることはない」
「どうして?」
「お客様は、そんなことを求めていないから。富裕層は『資産を守ること』を 一番に考えている。ヘッジファンドに出資して、ラッキーだったらリターンが増えるけれど、資産が大きく減ってしまうリスクもある。多くのお客様はそのリスクを取りにいかない」
富裕層の資産運用はとてもシンプルです。それはプライベート・バンクの発祥の地であるスイスでも同じです。余計な投資をしないことで予期せぬ損失を避け、世代を超えて富裕層の資産を守り、増やしていくのです。
「資産を守り、増やすのが目的だから、教科書通りの長期的な分散投資が基本。われわれスイスのプライベート・バンカーにとって最大の栄誉は、今の世代だけでなく、その子や孫へと、世代を超えて資産運用を任せられること。それこそ、最大の信頼の証だからね」
プライベート・バンカーの彼が明かしてくれたように、富裕層の資産運用のコアは「長期・積立・分散」 です。
「長期・積立・分散」は、世界中のさまざまな資産に幅広く投資しながら、長い目で世界経済の成長率を上回るリターンを目指します。相場の動きによって、リターンは短期的にはプラスになったりマイナスになったりしますが、世界経済が中長期的に成長していくという前提に立てば、10年、20年といった長期では資産を増やすことができます。
富裕層はもちろん、ノルウェー政府年金基金のような世界最大級のファンドも、「長期・積立・分散」の資産運用を行っています。個別株やFX(外国為替証拠金取引)などが主流の日本では馴染みがないかもしれませんが、世界的にはとてもスタンダードな方法です。
世界経済は本当に成長する?
読者の皆さんの中には、世界経済が今後も成長し続けるのか、と疑問に思う方もいるでしょう。確かに経済成長が止まってしまった日本にいると、世界中が日本のようになるのではないかと感じるのかもしれません。
過去25年の日本経済と世界経済を比べてみましょう。日本のGDP(国内総生産)はほとんど増えなかったのに、同じ期間で世界経済は3倍以上に成長しました。
それでは、次の25年はどうでしょうか。この問いについて考えるうえでのヒントをご紹介しましょう。
世界経済(GDP) = 世界人口 × 1人当たりGDP
世界経済(GDP)は、世界の人口に1人当たりGDPをかけ合わせたものです。つまり、「世界の人口が増えるかどうか」と「1人当たりGDPが増えるかどうか」をかけ合わせれば、世界経済が成長するかどうかが見えてきます。
2050年までの約30年間、世界で働く人は増え続けると予測されています。テクノロジーによってイノベーションが起こり、1人ひとりが生み出す価値はますます高まっていきます。仮にこのような前提に立つならば、世界経済は中長期的に大きく成長していくことになります。
世界経済が成長するという前提に立てば、「長期・積立・分散」をコアとする富裕層の資産運用がとても合理的だということがわかります。
2019年の金融市場がどれだけ不透明だと言われていても、富裕層は資産運用のコアを変えることはありません。長期的に資産を守りつつ、増やしていくための資産運用は、短期的な見通しによってブレることはないのです。
※ 本稿は柴山和久著『元財務官僚が5つの失敗をしてたどり着いたこれからの投資の思考法』(ダイヤモンド社)の一部を再編集し、大幅に加筆したものです