はじめに
海外からベトナムへの直接投資が増加しています。2018年の外国直接投資(FDI)実行額は、過去最高の191億米ドルとなりました。
今年に入ってもFDIの勢いは衰えず、1~2月のFDI認可額は新規・拡張を合わせて33億米ドルと、前年同期に比べて58%増加しています(出資・株式取得は除く)。
さらに特徴的なのは、足元の認可額の5割を香港からの投資が占めたことです。米中貿易摩擦の長期化を背景に、米国などへの迂回輸出先として、中国企業の間でもベトナムの注目度が高まっていることがうかがえます。
ベトナムが投資先として有望視される理由
ベトナムは従来から、日本企業にとって有望な事業展開先のひとつでした。
国際協力銀行が2018年に実施したFDIに関する調査によると、海外への進出経験がある製造業企業の間で、中期的に有望な進出先の第4位にベトナムがランクインしました。これは2018年に限ったことではなく、直近10年間の調査において、毎回概ね3分の1以上の企業がベトナムを有望な事業展開先の候補に挙げています。
ベトナムが投資先として有望視される理由には、現地マーケットの成長性や、若くて安価かつ優秀な人材などがあります。
ベトナムの総人口は約9,600万人と、ASEAN(東南アジア諸国連合)では3番目に人口が多い国です。さらに国連によると、2025年には総人口が1億人を突破すると見られており、国内消費市場の潜在的な成長余地は大きいと言えるでしょう。
また、ベトナムの平均年齢は約30歳と若く、識字率も97%に達しています。さらに向上心も高く、特に独身の間は終業後も語学や仕事に必要なスキルの習得などに時間を割く人が多く勤勉です。
一方で、最低賃金の平均上昇率が2018年は6.5%、2019年は5.3%と、近年賃金の上昇も目立ちます。しかし、ベトナムに進出する日系企業の賃金比較を見ると、ホーチミンやハノイは他のアジア主要都市と比べても低水準にとどまるため、安価な割に質の高い人材という評価につながっています。
ベトナムがアジア経済成長の牽引役に
ベトナムが「ポスト中国」や「中国プラスワン」として注目を集めるもうひとつの理由は、地理的メリットでしょう。
中国は2018年に小売市場規模で米国を抜き、名実ともに世界の消費市場へと成長しました。その反面、人件費は上昇しており、進出企業は中国から他国へと生産拠点の移管を模索する動きが強まっています。
そのような中、中国と国境を接するベトナムは、ハノイから国境都市まで150キロメートル足らずと近く、有望な事業展開先として急浮上しているようです。
近年、中国からベトナムへと生産拠点を移管した代表的な企業のひとつが、韓国のサムスングループです。同社は2009年にベトナム北部のバクニン省で第1工場を稼働しました。これに伴い日韓の部品メーカーを誘致し、ベトナム北部にスマートフォン関連の一大集積地を築きました。
サムスングループのベトナム進出は、ベトナム経済にも大きな変化をもたらしています。
ベトナム経済は貿易赤字が常態化していましたが、2012年に貿易収支が19年ぶりに黒字転換し、2013年には電話機・部品の輸出額が縫製製品(衣料品)を上回り、最大の輸出品目となりました。さらに足元、ベトナムの総輸出額の7割以上を外資企業による輸出が占めるなど、FDIがベトナムの経済成長の原動力のひとつになっています。
世界経済の減速懸念に打ち勝てるか
ベトナム政府も外国からの投資を呼び込むために、2007年のWTO加盟以降、貿易の自由化や対外直接投資の活用を推進しています。2018年末には、米国の離脱などで一時頓挫した環太平洋パートナーシップ(TPP)協定が、TPP11として発効しました。
オリジナルのTPPに比べると規模は小さくなったものの、参加11ヵ国の総人口は約5億人、GDPは世界全体の約13%、同様に貿易額も15%を占める巨大な自由貿易圏の誕生となりました。
ベトナムは、価格競争力などの面から、加盟11ヵ国の中で最も恩恵を受けるのではないかと期待されています。世界銀行によると、ベトナムのGDPは、TPP11への参加で、2030年までに年間1.1%押し上げられ、同様に輸出額も2.4%、輸入額も5.3%の増加が見込まれています。
さらに、2019年1月には、ベトナムの大手工業団地デベロッパーのキンバックシティグループが手掛けるクエボ工業団地で、中国の大手光学フィルムメーカーの歌爾(ゴアテック)による290億円規模の大型投資が認可されるなど、ベトナムのFDIは新たな需要を取り込んでいます。
世界経済の減速懸念が強まる中、ベトナムは世界貿易を巡る先行き不透明感を追い風に変え、経済の高成長を維持できるのか、今後のベトナムFDIの動向が注目されます。
<文:市場情報部 北野ちぐさ 写真:代表撮影/ロイター/アフロ>