はじめに

4月になって、金融市場は米中通商合意が現実味を帯びてきたと実感していました。過去の記事でも、筆者は何度か、「米中貿易戦争は最終的に回避される」との見方を書いてきました。ドナルド・トランプ大統領自身、4月に入って中国との通商合意間近をほのめかすような発言を繰り返してきていました。

しかし、米国時間の5月5日に突然出てきたトランプ大統領のツイッターへの投稿で、市場の楽観的ムードは一変。殻に閉じこもっていたリスクオフ論者が、一斉に円高株安を煽り始めることとなりました。

市場参加者が少なく、流動性に乏しい月曜日のオセアニア市場は有無を言わさず、前週末に比べて大幅な円高で寄り付きました。日本人はゴールデンウィークの最終日で、欧米勢・アジア勢よりも不意を突かれた形になっていたと思われます。

しかし、筆者の感想は「この程度の動きか」というものでした。年初のアップル・ショック時の円高に比べると、動いていないに近い値動きだったと感じたからです。想像するに、1月3日の1ドル104円台への円高の動きで、ドル買いをできずに、上司から叱咤されたサラリーマンのドル買い注文がかなり分厚く並んでいたのでしょう。


何が大統領の翻意を誘ったのか

そもそも、5月3日の発言までは米中通商合意に期待をにじませていたトランプ大統領が、なぜ翻意したのでしょうか。

各種報道によると、ロバート・ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表(対中強硬派御三家の1人)が、4月30日からの2日間の米中通商交渉で中国側が姿勢を後退させたと大統領に報告し、これが大統領を怒らせてしまったといいます。

詳細は発表されていませんが、米国関係者によると、北京で開かれたこの通商交渉で、中国当局者は米国側に対し、中国の法改正が必要になるような協定には同意しないと伝えた(中国はそれまでは合意テキストの中で法改正に同意していたという)ことが主な要因のようです。

国家の主権にかかわる法改正に対し、米国が口出しすること(米国の言いなりになること)を中国共産党の上層部が嫌がったのでしょう。しかし、筆者個人としては中国の姿勢は当たり前のことで、なんでも自分の言いなりに事が進むと思っている米国(トランプ大統領)のほうが、勘違いしているような気がしています。

見え隠れする大統領選の影

昨年10月からの世界同時株安、昨年11月からの米逆イールド(長短金利の逆転)、今年初のアップル・ショック、中国国家統計局発表の2月製造業PMIの悪化、米2月非農業部門就業者増加数の悪化……。昨年末以降のネガティブ材料とは裏腹に、NYダウ平均やS&P500といった米株式指数は一時、昨年高値を更新するほどのV字回復を見せました。

これによって、株安論者や円高論者が息を潜めてしまったことで、トランプ大統領が自身の力量を過信し、強気に出ている可能性もあるのではないか、と筆者は考えています。また、一部の米世論調査でトランプ大統領の支持率が過去最高(支持46%、不支持50%)になったとの報道も、追い風になったのではないでしょうか。

筆者は、全米ベースの大統領支持率調査は信頼できないと思っています。州ごとの選挙人総取り方式の米大統領選において、全米ベースの世論調査ほど当てにならないものはなく、州別の世論調査を重視すべきだからです。

劣勢のトランプ氏はどう動く?

年明け以降発表されている米国の州別の世論調査で、トランプ大統領が僅差で勝利したスイング・ステート(激戦州)における2020年米大統領選の調査結果は下表の通りです。

世論調査

現段階では、トランプ大統領は2020年の米大統領選において、ペンシルベニア州、ウィスコンシン州、ミシガン州で敗北する可能性が高いと筆者は予想しています。

同大統領が支持率を回復させるためには、トランプ関税で打撃を受けているウィスコンシン州やミシガン州、アイオワ州の農家の怒りを鎮めることが先決で、結果的にトランプ関税は縮小、もしくは撤廃せざるをえないと筆者は考えています。

こうした情勢を踏まえて、ドル円相場は秋口に向けて1ドル115円を上抜けていくとの見通しを継続しています。

<文:チーフ為替ストラテジスト 今泉光雄 写真:ロイター/アフロ>

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