はじめに
もう現金は使わない
他にも、スマホのアプリから注文すると料理を自宅まで届けてくれる「外売(ワイマイ)」というデリバリーサービスも普及。中国に7年間駐在している日本人男性は、「日常生活で現金を使うことがほとんどなくなった」と話します。
通勤も食事も買い物も、すべてスマホでの決済。友人とのお金のやり取りもスマホを介して行います。タクシーがつかまらない時は、スマホを使った配車アプリ「滴滴出行」で近くにいる車を探せば、迎えに来てくれます。公共料金や診療費もモバイル決済ができます。
レストランでもテーブルでスマホ決済
前出の日本人男性は「中国で携帯電話が浸透したのは日本より遅かったのに、若い人だけでなく、年配者まで急にさまざまなサービスを使いこなすようになりました。中国では、現世利益を尊ぶ気風が濃厚で、『テクノロジー=富をもたらしてくれるもの』と抵抗なく飛びつく人が多い感じがあります」と話します。
一方で、「たまに帰国すると、日本の現金史上主義はなんと強化なものかと感じます。経済成長も鈍く、新しいものに対する希望や興味を抱きにくいのかもしれませんね」と、少し残念そうでもありました。
記者が驚いたのは、日常的に使うスマホ関連のサービスのほぼすべてが、中国企業のものだということ。もちろん、当局の取り締まりでグーグルなどが使えないことは背景にありますが、多くを海外発のサービスに頼る日本とは対照的です。中国のIT産業のレベルの高さと成長の早さ、人々のニーズをすくい取った製品化のうまさを感じました。
光もあれば影もある
『キャッシュレス国家 「中国新経済」の光と影』(文春新書)の著書がある対外経済貿易大学(北京市)の西村友作教授によると、中国で日本よりいち早くキャッシュレスが普及したのは、政府がイノベーションを促進し、海外から高度人材を呼び戻すなどしたことに加え、山積する社会問題を解決することへの期待があったからといいます。
たとえば、キャッシュレスの普及前、中国では汚い紙幣が多く、紙幣を自動販売機に入れても識別されないことも多かったそうです。公共料金の支払いには、銀行に足を運んで1時間以上待たされることも。西村教授は「一般市民にとって、不便だった問題が解消するのは大歓迎だったのでしょう」としています。
同じように、料理のデリバリーや配車サービスも、食の安全が確保されない、タクシーがつかまらないという生活の不便さを、スマホとインターネットによる新しいサービスが解決し、爆発的に広がったといいます。
一方で、西村教授は新しいサービスによるデメリットも指摘しています。たとえば、サービスの対価として個人情報が企業に渡り、不正に利用されるかもしれません。過度なキャッシュレスの浸透は、現金お断りの店を増やし、デジタル機器を使える人とそうでない人の格差を生みます。
また、QRコードのすり替えなど、新型の犯罪も生まれています。西村教授は「キャッシュレスを中心とする新しい経済の発展には、光ばかりでなく影もある。これからキャッシュレス化を進める日本社会の行く末を考えるうえでも、今の中国で何が起きているかを知るべきだ」と指摘します。