はじめに

経済メリットだけなら価格変化は小さい

たとえば10万円を仮想通貨で送金した場合、銀行送金より得する手数料を10万円に対する比率にすると、数%程度です。送金手続きの簡単さや速さについては、最近は銀行でも24時間対応ですぐに受け取れるようになっています。

10万円の送金で手数料込み10万5,000円を10万0,010円で済むなら、仮想通貨が10万4,000円相当になっても、そちらを選ぶほうが得になります。しかし、得するのは送金する人のみです。送金しない人にとっては価格が上昇したら損です。

そして仮想通貨の利用者が毎日、何回送金するのでしょうか。送金しない人も相当いるはずです。その積み重ねの平均値としての価格差は、そう大きなものにならないと思います。

EC決済などでも、利用者側は同じ金額相当分を支払います。そこの価値は同じなので、電子マネーやクレジットカードと仮想通貨とで手数料を理由にした価格変化は説明できません。店舗側の手数料には差があるかもしれませんが、支払い手段を選ぶのは利用者側なので、利用者が選択している限り、価格差は生まれにくいはずです。

その他、市場取引の手数料も、株式や取引手数料との差でみれば、ごくわずかです。どんなに回数を重ねても、10%も20%も価格が動く差にはなりません。

逆に10%価格が動くならば、それだけ送金する人や取引する人が極端に増加したり極端に減少しないと説明できませんが、実際にそんなことはありえません。仮想通貨の価格変動の大きさは、経済メリットからは説明できないと思います。

価格変動は市場規模が小さいから

仮想通貨の市場規模は、時価総額上位100種類の合計で、6月末時点で3,000億~3,200億ドル、日本円で32兆~35兆円ぐらいです。売買代金は日本国内のみでみると、2018年12月の1ヵ月実績が現物取引で7,774億円。1日当たり300億~400億円程度でしょうか。直近ではその2~3倍に増えているかもしれませんが、それでも1,000億円を超える程度です。

一方、他の金融市場をみると、東証1部の時価総額は5月末で570兆円、売買代金は5月実績が524兆円、1日当たり2兆円を軽く超えます。米国株式市場はNY証券取引所とナスダックの合計で時価総額3,000兆円、売買代金は東証の数倍あります。

それ以外にも、ロンドン、ドイツ、ユーロネクスト、上海・香港やアジアの株式市場を考えれば、株式市場だけでも仮想通貨の数百倍の規模があります。

あとは国内金融市場だけをみても、公社債の発行残高が1,184兆円(4月末実績)、預貯金残高は銀行とゆうちょ銀行の合計だけで969兆円(5月末実績)、現金の流通残高が1,119兆円(5月末)。これも、日本より規模が大きい米国の金融市場や欧州・アジアの市場も合計すれば、仮想通貨市場がまだまだ小さいことがわかります。

時価総額と取引金額が小さい市場では、マネーが流入するだけで価格が大きく上昇します。たとえば、マザーズの特定銘柄に取引が集中して株価が乱高下することがよくありますが、仮想通貨も同じ特徴を持っていると言えると思います。

海外でも2018年夏のトルコショック時に、直接は関係の無い新興国通貨が一斉に売られました。これも市場規模が小さいことで起きる現象の事例です。

さらに仮想通貨は、通貨のような裏付け資産や国・中央銀行による信認がなく、それ自体の価値が不透明です。これも価格変動が大きくなりやすい理由でしょう。

「上がるから買う」はプロも同じ

こう見ていくと、現在の仮想通貨市場の価格変動は、そのほとんどが市場参加者の売買による変化といえると思います。価格が上がるかどうかは、さらに市場が拡大し、新たなマネーが流入するかどうかにかかっていることになります。

金融のデジタル化が進むのは間違いないでしょうし、キャッシュレス化も進むでしょう。しかし、それが仮想通貨市場の拡大につながるかはまだわかりません。緩やかな流入であれば、価格変動はあまりない可能性もあるでしょう。

一方、「上がるから買う」「買うから上がる」はいつの時代も存在します。素人だけでなく、金融のプロの投資行動も実は変わらないと思います。

私が銀行アナリスト時代、株価も不動産価格も上昇が続いていた2005年ごろのことです。英米の機関投資家やヘッジファンドの担当者は、欧米の不動産価格はまだ上がると主張していました。その根拠はなんと「今月も上がったから」。何の根拠も説得力もありませんが、みんなそう信じていました。

金融の最先端のプロと言われる人たちも、所詮は人間ということなのだと思います。取引参加者層は違うかもしれませんが、2017年後半のコインチェック相場も似た状況だったように思います。

そして、過去の株式や不動産の上昇相場では、毎回同じ行動が見られます。人間の心理は、経験や知識の量に関わらず、基本的に変わらないのだと思います。

金利水準が低く、世界景気減速で国内外の株価に天井感が見られる今、魅力ある金融商品が少ないために、値動きの大きい仮想通貨が物色されやすいタイミングかもしれません。

しかし、参加する場合は「経済的価値から上がっているわけではない」「買いが止まると終わる(下がる)リスクがある」という基本を忘れずに、マネーゲームとして対応する。それに尽きるのだと思います。

<文:ストラテジスト 田村晋一>

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