はじめに

3:スペシャリストになること

「そして、女性が社会のなかで活躍するためには、なにかのスペシャリストになることがとても大切です。『格差社会』という言葉をよく耳にしますが、そもそも日本が抱える格差の本質は欧米のそれとは違います。欧米で問題になっているのは富裕層の拡大と中間層の縮小による格差ですが、日本では中間層縮小と貧困層の拡大が主な問題です」

崔さんによると、日本が抱える格差問題の背景にあるのは、非正規雇用の増加。

「現在、日本全体の43%が非正規雇用者ですが、そのうちの70%が女性です。結婚や出産を機に、非正規雇用を選ぶ女性が多いからだという意見がありますが、それこそ男性目線の意見かもしれませんね。女性が正規雇用で働きたいと思っても、社会システムがそれに対応していないことが問題なんです。

また、通信技術の発展も非正規雇用の増大に拍車をかけたのではないでしょうか。つまり、わざわざ正社員を雇う必要がなくなってきたわけです。

さらに、人工知能が人間から多くの仕事を奪うという話もありますから、ひとつの会社で正社員として働き続けるというシステムそのものが機能しなくなっていくのではないでしょうか」

それでは、正規雇用の価値が薄れつつある社会のなかで、女性がプレゼンスを発揮するためにはどうしたらいいのでしょうか。「進むべき道は大きく2つに分かれる」と崔さんは言います。

「ひとつ目は、マネジメントのプロとして生きていく道。どんなに人工知能が発達しても、感情にまで踏み込んだマネジメントは、人間同士でしかできないでしょう。これは、私が社外取締役をやっていて実際に感じていることでもあります。

ただ、女性の管理職というのは、えてして周囲から潰されやすいですよね。そこで重要なのが“嫉妬マネジメント”。いかに周囲の嫉妬心を煽らず、着々と出世していくかが求められます。そして、この嫉妬マネジメントを学ぶのに最適なのが歴史的な偉人を描いた小説や有名な経営者の著作。周到な根回しや、他者の嫉妬心を緩和しコントロールする方法はとても参考になります」

「もう一方は、プレイヤーとして徹底的に専門性を磨いていく道。私のようなエコノミストもそうですが、デザイナーやミュージシャンなど、スペシャリストとして成功している人がたくさんいます。

また、なかでもとくに大成している人はアカデミックな知見に精通しているという共通点があるんです。

これには、『3年目の壁』と言われるものが関係しています。新しい知識を吸収するだけで自身の成長を実感できるのは3年が限界。それ以降は現場で得た知識を体系的に整理していかなければなりません。

そのとき役立つのが論文執筆です。情報を整理することで、汎用性の高い知見を自身の中に確立させることができます。アカデミックな知見に精通しているスペシャリストが比較的長期のキャリアを描けるのはこのためです」

この話を聞いて疑問に思うのは、いわゆるジェネラリストとしてキャリアを積んできた女性は次の一手をどうすればいいのかということ。崔さんは、「まず職務経歴書を書いてみるといい」と言います。

「職務経歴書って、誰かに対して自分はどんなことをやってきた人間かを見せるためのものですよね。人に見せることを前提に、自身の経歴を振り返ってみると意外といろいろな経験を積んできたことがわかると思います。

すると、自ずと自分の強みが何かが見えてくるんです。あとはその強みを活かして、新しいことに挑戦するだけです」

崔さんはさらに、新しいことに挑戦するにあたって「失敗はたくさんした方がいい」と続けます。

「失敗は怖いものだと思っている方が多いかもしれませんが、個人的にはたくさんしたほうがいいと思います。10回チャレンジしたとき、9回失敗しても1回大成功すれば損失はチャラになるわけです。

とはいえ、成功するまでに力尽きてしまっては意味がないので、できるだけ損失の小さな失敗をたくさん繰り返すことが大切。“高速で小さく失敗する”ことを心に留めておくといいと思います」

女性が野心を持って踏み出すためには?

イベントの最後は質疑応答の時間に。そこで挙がった質問と崔さんの回答をいくつかご紹介します。

Q:興味のある分野が多くありすぎて、スペシャリストにはなれない気がしています。どうしたらいいのでしょうか?

「私自身も、いろいろなことに興味があります。でも、それ自体は決して悪いことじゃないと思います。ただ強みとしての専門性を身に着けたいなら、なにかひとつの分野についてアカデミックに学ぶのがいいと思います。学生のとき得意だった教科や科目を振り返ってみるとヒントになるかもしれませんね。

また、好きなことよりも得意なことを考えた方がいいです。好き嫌いという感情は時間とともに変わってしまう可能性がありますが、得意なことを苦手になることはほとんどないので、長く続けられると思いますよ」

Q:女性が野心をもって挑戦するために一歩踏み出すには、どうしたらいいと思いますか?

「周囲の人にいかに共感してもらって、応援を得られるかどうかが重要なんじゃないかなと思います。やはり、ひとりの力でできることは限られてきますよね。自分の話に共感してもらったうえで、実績を残していくことが大切だと思います」

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