はじめに

先週の株式市場は、ドナルド・トランプ米大統領による“寝耳に水”の第4弾の対中関税引き上げの表明で、不意打ちを食らう形となりました。ほとんどの市場関係者が予想していなかったアクションで、市場参加者の動揺はまたたく間に世界の株式市場に広がりました。

いまだに混乱は収まっていない状況ですが、今後の展開についてまとめてみたいと思います。


米中関係はますます泥沼化?

8月1日、トランプ大統領はこれまで制裁の対象外だった約3,000億ドル分の中国製品に、9月1日から10%の制裁関税を課すことを表明しました。6月の米中首脳会談では交渉再開で合意し、友好的なムードが高まっていたのですが、中国側の対応の遅さにトランプ大統領がしびれを切らしたとみられます。

貿易摩擦の激化によって世界的な景気悪化が意識されると、8月2日の東京市場では日経平均株価が前日比453円安と大幅調整を余儀なくされました。米国市場でも、8月1、2日の2日間でNYダウは300ドル以上値下がりしました。さらに、週明け8月5日も日経平均は366円下落し、混乱が収束するには至っていません。

5月に米中貿易摩擦が悪化した時と今回とで共通するのは、直前に米国株が最高値を更新しているという点です。本来なら、市場への影響が予想される通商問題への態度硬化は、二の足を踏みたくなるところでしょう。しかし、米国株高がトランプ大統領に勢いを与えている可能性は否定できません。

カギは中国で開かれる秘密会議

いずれにしても注目されるのは中国側の対応です。中国政府も報復措置で応じる構えをみせていますが、米国からの輸入額が少ない中国にとっては、米国と同規模で関税の引き上げを行うことには限界があります。

したがって、米国企業を「敵対的な企業リスト」に指定したり、場合によっては米国製品の不買運動を呼び掛けたりするなどの対抗措置が取られると想定されます。そうなると、事態はますます泥沼化していく可能性もあります。

一部の報道によると、中国では8月3日に毎年恒例の北戴河(ほくたいが)会議が開幕したと伝えられています。この会議は共産党指導部と、引退した長老らが国政の重要課題を話し合うもので、毎年8月上旬に開かれるとされています。ただ、中国政府はその存在を公式には認めておらず、漏れ伝わってくる断片的な情報だけが頼りとなります。

そこでの議論を想像すると、長老たちは現体制での政治運営に相当の不満を募らせているものと推察できます。米国との貿易摩擦に出口が見えないばかりか、香港での民衆のデモも激化の一途をたどっており、中国政府はまさに「内憂外患」の状況に置かれているためです。

つまり、対米通商問題で中国政府がどのようなに対応に出てくるのかは、北戴河会議の結果を踏まえたうえで考える必要がありそうです。会議の総意として「弱腰外交」批判を免れたいと考えたとしても、日に日に疲弊していく中国経済に対し、手をこまぬいて見ているのは耐えられない、ということであれば、米国との全面対決を回避する決断が下される可能性もあるでしょう。

追加利下げの期待高まる

第4弾の対中関税引き上げの表明は、米国市場にとっても少なからぬダメージが及んだ形ですが、米国にとってのセーフティネットは、金融政策に緩和余地が存在する点です。

7月30~31日に行われた米連邦公開市場委員会(FOMC)では、およそ10年半ぶりの利下げが決定されましたが、ジェローム・パウエルFRB議長は「長期の利下げ局面に入り」を否定する見解を示しました。

それによって、市場参加者の前のめりの利下げ期待は幾分後退したわけですが、米中摩擦の激化に伴い、追加利下げの可能性は足元で急速に高まってきている印象です。実際に、8月2日の米国債券市場で長期債利回りが1.8%台まで低下したことが、そうした思惑を反映した結果と解釈できます。

8月2日に発表された7月の雇用統計では、非農業部門の雇用者増加数がおおむね市場予想並みで着地したものの、6月分と5月分の数字が下方修正され、雇用の増加が鈍化傾向にあることが示唆されました。こうした弱めの経済指標も、将来の利下げを後押しする材料となるかもしれません。

日経平均は2万円を割り込むのか

投資指標面では割安感が薄れつつあった米国株も、足元の株価下落と金利低下によって、割高感は後退しているように思われます。期待が後退していた追加利下げが実際に行われる見通しとなれば、投資指標の改善とともに米国株が再び切り返す展開も容易に想像できます。

当面は米中双方の出方をうかがう神経質な相場展開となりそうです。仮にトランプ大統領が、11月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議を1つのデッドラインとしてみなしているとしたら、事態はそこに向けて調整が進み、市場に好意的な結果で着地することも大いに考えられます。そのシナリオも視野に入れつつ、しばらくは両にらみのスタンスで株式市場と向き合いたいところです。

とりわけ、日本株はこの種の悪材料に過剰に反応する傾向にありますが、日経平均株価が2万円の大台を割り込む公算は低いとみています。なぜなら、PBR1倍(株価と1株あたり純資産が等しくなる)の日経平均株価の水準がおおむね2万円と計算され、最近ではそれが下値のサポートとなっているためです。

<文:投資情報部 チーフ・グローバル・ストラテジスト 壁谷洋和>

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