はじめに

——親も子供に気をつかいますね。

「周囲に迷惑をかけながら生きている」と思うと、人は確実に衰弱します。

また、老いるということは、だんだんできないことが増え、恥をかくことも増えるものです。それに対して、昔の親の姿を知っている子供は「どうしちゃったの?お母さん」と嘆いたり、「私のお父さんはこんな人じゃない」「もっとちゃんとして!」と叱ってしまう。

親だって、そんなこと言われれば、「何この人、ムカつく」となりますよ。お互いに愛しあっているが故に失敗するということは、意外と多いのです。だからこそ介護には第三者としてプロが関わることが大事になってきます。

―プロに丸投げしろ、ということですか。

丸投げではなく、プレイングマネジャーになってはいけない、ということです。介護も仕事と同じ。一人で抱え込むよりも、周囲と上手に分担して、チームとして取り組んだほうが成果はでます。そのチームの中で、あなたはマネージャーになるべきです。実務は、専門性を持ったプロに任せたほうが良いでしょう。

熟練の介護のプロの場合は「はじめまして」とお会いしてから、今のその人に注目します。何が不快で何が心地よいのか。何を大事にしているのか。どんなことに興味があるのか。こうしたことをゼロベースで考え、観察し、上手にポジティブな方向で相手に寄り添います。結果、より心地よい環境が整い、穏やかで笑顔の多い日々が実現できる。

もちろん、介護のプロとはいっても、専門性のレベルはさまざまなので、注意が必要ですけどね。

―介護離職っていいことがひとつもありませんね。

介護離職のすべてを否定したいわけではありません。たとえば、親が終末期に入って、夢だった旅行をして、ゆっくり一緒に過ごしてあげたいと思う人もいるでしょう。介護休暇制度はあるけれど、小さな会社だと現実的に休みを取ることが難しく、会社を辞めざるを得ないということだってあるでしょう。

ただ、介護離職をした場合、再就職は難しく、運良く職場を見つけたとしても、収入は半減しかねないことと、介護には平均で月7~8万円の自己負担が発生し、それが10年以上続く可能性があることは想定しておくべきです。

仕事をしないでこれだけの期間を生きると、介護が終わったら、自分は生活保護になってしまいます。

―月7~8万円が10年以上……

それを節約しようと、自分で介護をしようとすると、精神的に追い詰められ、今度は、虐待のリスクが高まってしまいます。もちろん、要介護認定の申請をして、ケアマネジャーとも相談した結果、自分以外に介護する人がいないというなら仕方ないかもしれません。

ただ、もし「会社を辞めたい!」という気持ちが先にあり、介護をその言い訳にしようと考えているのなら、とても危険です。働いていれば理不尽なこともたくさんありますし、辞めたくなることもあります。でも、そこはちゃんと問題を切り分けて冷静に考えるべきです。

―冷静な判断のために必要なことは何ですか。

誰かに相談をしたり、SOSを出すことが重要です。SOSを出さないと情報が入ってこないし、助けてももらえません。結果、介護をする人もされる人も不幸になる、ひどい品質の介護になってしまいます。

「親のために身を粉にしてがんばる私」というヒロイズムに酔えるのは、せいぜい数か月です。10年以上続くのも普通な介護に必要なのは、そうしたヒロイズムではなく、具体的で効果のある課題解決なのです。

酒井穣氏 

酒井穣(さかいじょう)
株式会社リクシス取締役副社長 CSO、介護メディア『KAIGO LAB』編集長・主筆、新潟薬科大学生命産業創造学科客員教授。
1972年、東京生まれ。慶應義塾大学理工学部卒。Tilburg大学経営学修士号(MBA)首席取得。商社にて新規事業開発に従事後、オランダの精密機器メーカーに光学系エンジニアとして転職し、オランダに約9年在住する。帰国後、フリービット株式会社(東証一部)の取締役(人事・長期戦略担当)を経て、2016年に株式会社リクシスを創業。著書はベストセラーとなった『はじめての課長の教科書』や『ビジネスパーソンが介護離職をしてはいけないこれだけの理由』(いずれもディスカヴァー・トゥエンティワン)など多数。

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