需要があった損失補填機能

現代的な海上保険が発明された14~15世紀の北イタリアでは、貿易商たちはすでに充分な資本を蓄積していました。貿易の費用を高利貸しからファイナンスする必要性は薄くなっていたはずです。反面、海難事故で莫大な損失をこうむる危険性は無くなりませんでした。

その結果、冒険貸借の持っていた「融資」の機能は不要だが、損失補填の機能だけは必要……という需要が生まれました。そうして誕生したのが、安価な料金を納めるだけで万が一のときにはカネを受け取れるという、現代的な「保険」だったようです。

興味深いのは、最初期の保険には「保険」という文言が使われていません。一見するとお金の貸し借りのような文面の契約書が作られていました。

たとえば1350年に作成された保険契約の文書には、次のように記されています。

1. 貸金の受領

ニコロ・カッターネオは、ジェノヴァ市民のマッテオ・アルディメントに対して、下記のことを承認する。

  • 250lb.の貸金を無利息で愛情を持って受領した。
  • ただし、上記については(その受領を)放棄する。

2. 貸金の返済

ニコロ・カッターネオは、250lbもしくはそれと等価の(他の)貨幣で、10ヶ月以内に返済することを約束する。

3. 本証券が無効となる場合

バルトロメオ・ルベットの船舶2隻にジェノヴァで積載された約20ミーナの明礬(みょうばん)が、フランドルのエクリューズの港に(無事に)運び込まれたときは、本証券は無効となる。

4. 危険の引き受け

(※契約の細則が記載されています)

5. 証券の作成

本証券はジェノヴァにおいて、1350年3月9日に公証人事務所において作成された。

少しややこしいのですが、マッテオ・アルディメントが現代でいう被保険者であり、ニコロ・カッターネオが保険会社の役割を果たしています。どうやらマッテオは、フランドル地方と取引のある貿易商だったようです。毛織物工業が盛んな地域ですから、染色に必要なミョウバンを出荷したことにもうなずけます。万一、そのミョウバンが事故で届かなければ、マッテオはニコロから250lbの保険金を受け取ることができました。

文面上では、貿易商であるマッテオがニコロにまずお金を貸したことになっています。しかし、実際にはニコロはそのお金を受け取っていません。ミョウバンが無事に届けば、この契約書は無効となり、お金は一銭も動きません。反面、もしも事故でミョウバンが届かなければ、(文面上では)借金の返済として、ニコロは保険金を支払うというわけです。

なぜこんなややこしい契約にしたのかといえば、まず、教会の教義の抜け穴を通るためだったのかもしれません。わざわざ「無利息で愛情を持って」と書いてあるのは、教会の徴利禁止令に抵触しないようにするためでしょう。

あるいは、制度として「保険」が発展途上だったからかもしれません。昔ながらの「融資」から「保険」が進化する過程が、この契約書には現れています。たとえば始祖鳥の骨格は、恐竜から鳥類が進化する過程を教えてくれます。その化石を見たときのようにワクワクするのは私だけでしょうか。

ただし、保険料については謎が残ります。

ご存じの通り、被保険者が「保険料」を納めなければ、保険契約は成立しません。ところがこの契約書には、保険料の徴収に関する記載がまったくありません。常識的に考えれば、保険会社の役割を果たすニコロは、被保険者のマッテオから保険料として何らかのお金を受け取っていたはずです。しかしながら、どのような方法で保険料の授受が行われていたのかは謎に包まれています。

海上保険は複式簿記とほぼ同時期に発明されました。この連載では、複式簿記は商業の拡大と経済取引の複雑化にともない発展したと書いてきました。当時の保険契約を見ると、その一旦を垣間見ることができます。

いずれにせよ、『ヴェニスの商人』のアントーニオも保険にさえ入っていれば、肉1ポンドを切り取るなんて言われることもなかったのに……と思わずにはいられませんね。

■参考文献■
堺雄一『中世ヨーロッパの遠隔地交易と危険対策』
http://www.jili.or.jp/research/search/pdf/D_139_4.pdf