はじめに
読者のみなさんからいただいた家計や保険、ローンなど、お金の悩みにプロのファイナンシャルプランナー(FP)が答えるFPの相談シリーズ。今回はプロのFPとして活躍する野瀬大樹氏がお答えします。
58歳の父が、地方の中規模都市に新築で家を建て、「いずれ私に譲る思いでいる」ということを話してくれました。姉弟は未婚の姉が1人。当然ですが将来、相続でケンカしたくありません。親の保有する金融資産の額は正直よく知りませんが、平均的な家庭です。そのようななかで、今後進めておくべき準備について教えてください。
(20歳後半 独身 男性)
野瀬: 相続をきっかけに兄弟姉妹間にしこりが残るというケースは少なくありません。金額の多寡は関係なく、たった数百万円の相続であっても兄弟姉妹がいがみ合うケースはあります。
どうして金額に関係なく揉めるのか。その理由は大きく分けて2つあります。
「揉める相続」が起こってしまう理由
(1)自分に起因する理由:そもそも遺産を「アテ」にしている
親世代が持っている不動産や金融資産の金額がチラホラわかってくると、人間はその資産をアテ……その金額を織り込んで自分の人生設計を立てるようになります。私の知人には、「親からの遺産があるから老後資金は貯金していない」という人もいるぐらいです。
質問者の方も、お父様から「家をあげる」と意思表示を受けた時から、自分の資産形成にはもうお父様の家が組み込まれているはずです。
しかし、当然ですがお姉さまにも相続の権利はあります。もしお姉さまが「家は売却して私は現金でほしい」と言われた場合は、ものすごく損をした気分になるので、わだかまりが残りますし、なにより自分の人生設計が狂いかねません。
(2)相手に起因する理由:不公平感からくる不満
子供のなかには、親の近くに住む人もいれば、遠く離れたところに住む人もいます。当然ですが、近くに住んでいる人は親の払いで食事や旅行に行く機会が多いでしょう。お孫さんもおもちゃを買ってもらう機会があるでしょう。ひょっとしたらお孫さんの入学金などの援助も受けられるかもしれません。
こういった「親から子・孫へ」というお金の流れがある場合、遠く離れているほかの兄弟には「今までさんざん親から有形無形の恩恵を受けていたのに、どうして遺産まであいつのほうが多いんだ?」という不満が生じます。
そして、兄弟姉妹のうちに親が溺愛していた人がいた場合などは、愛憎も入り混じり、この手のトラブルはエスカレートします。
当然、「近くに住む」とメリットだけではなく介護や嫁姑トラブルなどデメリットもありますので、いいことばかりではないのですが、遠く離れた兄弟から見れば「隣りの芝は青い」とばかりに、いいところにばかり目がいくものです。
これら2つの理由から相続は金額の多寡にかかわらず、揉めるケースが多いのです。
相続で揉めない方法は?
では、これらを踏まえて「揉めない相続」のために、どうすればいいのかを考えていきましょう。
まず現状を把握してください。いただいている情報からは、お母様の情報がわからないため、とりあえず将来的な親世代から子世代への相続についてお話したいと思います。
(A)不動産について
まず相続財産のうち「家」についてですが、こちらは中規模の都市のふつうの住宅ということで、質問者の方がその家に移り住めば「小規模宅地」の特例が使えるので相続税はかからないでしょう。
ただ先ほども少し触れましたが、問題になるのはお姉さまが「私も相続したい」と主張したケースです。その場合、家を半分に割るわけにはいきませんので、ほかの金融資産を相続してもらうか、家を売却して現金を分けることになります。
それほど大きくない地方都市の土地を売却しても、あまりよい買い手が見つからず、高い値がつかないケースが多いです。
(B)金融資産について
ご質問では、「親の資産額は知らない」とありますが、こちらも確認しておいたほうがよいでしょう。
日本の高齢者が持っている金融資産はバカにできません。“フツーの人”と思っていたご近所さんが、実は2億円の株を持っていたなんて話はザラにあります。
お姉さまから不満が出た場合には、金融資産を相続してもらうことになると思いますので、お姉さまもいる場所で一度やんわりとお父様に聞いてみるとよいでしょう。
私が見てきたケースにおいて、相続で揉める理由の多くは、金額つまり「勘定」ではなく、「感情」からくるものです。質問者の方の場合、お姉さま不在で質問者の方のシミュレーションだけが一人歩きしている点が気になります。
お姉さまも未婚とありますし、ご自身の老後のためにご両親の遺産をアテにしていることも想定されます。また、質問者とお父さまの間だけで「家をどうするか」という話が決まっていることについても、「私だけ仲間ハズレにされた」という思いになる可能性があります。
とにかくトラブルを避けたいのであれば、お姉さま同席で以下のようなことを話し合う機会を設けるとよいでしょう。
(1)将来、家を誰がもらうかについて話し合う。その際、「僕がもらおうと思うけど」と話しておく
(2)家だけでなく、そのほかの金融資産についても金額を把握する
(3)今後の介護や法事の負担について話し合う
今後の介護や法事の負担などについても話しておくと、お父様も安心されるでしょうし、お姉さまが「長男ゆえの苦労」を理解してくださる助けになると思います。
そして、なにより「自分が親の相続の話し合いの場から締め出されなかった」という思いを持ってもらうことが重要です。
血を分けた兄弟だからこそ、「大丈夫でしょう」「わかってくれるだろう」と思わず、オープンな話し合いを設けたほうがよいでしょう。いただいている情報ですと、おそらく相続税の対象にはならない規模だとは思います。あとは「感情」への配慮を、しっかりお願いいたします。