はじめに
完全子会社化したいケースとは?
完全子会社化したい、つまり他の株主が1人もいない状態にしたい場合は、買い付けに上限を設けず、全株を買いに行きます。全株買われてしまうと、流動性に関する上場基準に抵触しますから、当然上場廃止が前提です。
3分の2でも思いのままになるのに、それでも100%支配したくなる理由はいくつかあります。たとえば、儲かっている会社を買う場合は、他の株主(少数株主)がいると、そこにも配当などの形で分け前が行きますから、分け前を独り占めしたい場合などは完全支配を狙います。
また、自分にとっては利益でも少数株主にとっては不利益になることを買収先の会社にやらせたい場合は、少数株主との間で利益相反が起こるので、そうならないように少数株主を追い出しておきたいというインセンティブが働きます。
TOBの結果、9割以上の買い付けに成功すれば、「売りなさい」という内容証明郵便を、売却に抵抗している少数株主に一方的に送りつけるだけで、残りの株をいとも簡単に買い上げることができます。
9割に届かない場合でも、3分の2以上を握れていれば、臨時株主総会で「抵抗している株主から強制的に買い上げる議案」を通せます。臨時総会というひと手間がかかる点が「9割以上を確保できた場合」と「3分の2はとれたけど9割には届かなかった場合」の違いです。
売りたくない株主からも強制的に株を買い上げてしまうこの制度のことを、専門用語で「スクイーズアウト」と言います。抵抗する株主を絞り出すように追い出し切る、という意味です。
「高い資産価値と低い経営能力」が買収者の狙い目
この制度は、2005年の会社法誕生と同時に合法化されました。それ以前は株主の意志に反して保有株が奪い取られることは合法化されていなかったのですが、上場会社を売買するのに不便なので、経済界にとって合法化はいわば悲願だったのです。
同様の制度は世界各国にありますが、欧米では追い出される株主への保護制度が充実している一方、日本は保護制度が有名無実化しているので、やりたい放題です。
この制度をマンションに置き換えてみましょう。分譲マンションを買って5年。快適に暮らしているところへ、突然、見知らぬ人がやって来て、次のように言われたら、普通は怒るでしょう。
「あなたの部屋を今すぐ私に、私の言った通りの値段で売って、出て行きなさい。全戸数の3分の2を自分が買ったので、残りの3分の1は私の思うままにできることになりました。法的にあなたに抵抗の余地はありません。出て行ってもらう時期、売値についても、こちらの言い値の通りにしてもらいます。相談には一切乗りません」
買い上げようとしているのは、あなたが住んでいる部屋だけではなく、他の部屋も含めて全戸です。理由は、大規模修繕をかけてもう一度分譲、もしくは一棟売りするため。再分譲や一棟売りで儲かるのは、その「売れ」と言ってきた見知らぬ誰かだけです。
マンションなら、もちろん抵抗もできます。マンションは私有財産なのですから、売値や売る時期はもちろん、売る・売らないも所有者の意思次第です。しかし、証券市場ではこんなことが合法的にまかり通っています。
経営者の能力が低く、資産価値に比べて収益力が低い会社は株価が低水準なので、買収者は市場価格に3~4割のプレミアムを乗せた金額でTOBをかけても、資産価値に比べたら十分安い価格で買収できます。