はじめに
離婚を考えていたけれど
出会って1年ほどたち、ふたりはますます気持ちが高まっていきました。夫は娘を大事にしてくれるけれど、すでにアユミさんを女性としては見ていない状態。
「寝室も別で、私は寂しかったんですよね。そんなときにユウタが現れた。夫に恨みはないし、本当によくしてもらったけど、このまま不倫関係を続けるわけにはいかない。ユウタと一緒になるのが私の運命なんだと思い込んだんです」
今日こそ離婚を切り出そうと思いながらも、なかなか言い出せませんでした。多少の不満はあっても、夫が娘にとってすばらしい父親であり、アユミさんにもいつも穏やかに接してくれているのは事実。そんな夫に離婚を言い出すのはためらわれたのです。
「ある日、私が『やっぱり言えない』とため息をついていたら、夫が『ちょっと話があるんだ』と。まさか夫から離婚を切り出すのではないかと身構えたんですが、夫は淡々と『オレ、末期がんだと言われた』って。悪い冗談だと思いました。試されているのかと思った」
ところが話を聞くと事実でした。調子が悪くて病院で検査をしてもらったところ、末期がんが判明したのだそう。すでにがんは全身に転移しているため、痛みを緩和しながら夫はできる限り、今まで通りの日常生活を続けていくと結論を出していました。
「ちょっと待って、と。今ならいい治療だってあるはず。抗がん剤をやるとか何か他に手はないの、と私は必死になりました。すると夫は、穏やかに『いいんだよ』って。私が主治医に直談判しようとしたんですが、夫は自分の最期は自分で決めると頑なに言い張るんです。私がやっと主治医に会えたのは、夫が最後に入院したとき。亡くなる2週間前でした」