はじめに

知らなかった夫の思い

告白からわずか4ヶ月で夫は逝ってしまいました。そういえば少し前から夫は痩せていった。本人は高血圧だからダイエットを始めたと言っていたっけ。あとからアユミさんはそんなことを思い出したそうです。夫はなぜ妻に何も言わなかったのか、ひとりで人生を決めてひとりで逝ってしまったのか。

「思い返しても何がなんだかわからない数ヶ月でした。ユウタも心配してくれましたが、とても会う時間もなかったし会う気にもなれなかった」

遺品を整理していたら、夫がアユミさんにあてた手紙が出てきました。そこにはいかに結婚生活が楽しかったか、娘がかわいかったかが書かれていました。数年前から体調がすぐれず,寝室を別にしたりして申し訳なかったとも……。

「うちは夫が家計管理していたんです。私はそれがちょっと不服だったんだけど、夫はみごとにお金を残してくれていました。娘の学費、私たちの生活費。そして夫が若いころ買った家はすでにローンが終わっていて、名義まで私に変更されていたんです」

アユミさんは夫の仕事内容をよく知りませんでしたが、中堅企業ではあったものの営業成績が抜群で、他社からヘッドハンティングされそうになったこともあるほどでした。彼をひきとめるために会社から特別手当ももらっていたようです。

「それは夫が亡くなってから、会社の方が教えてくれました。私は夫のことを何も知らなかったんです」

夫の手紙の最後には、自分が死んだら好きな人と一緒になってくださいと書かれていたそうです。

「夫はたぶん知っていたんだと思います。私の不倫を」

彼女の目から涙がぼろぼろとこぼれ落ちます。もしかしたら、夫は妻の不倫に気づいていて、あえて体調が悪いのに病院へ行かなかったのかもしれない、夫の死は緩慢な自殺に近いのではないか、そしてそうさせたのは自分ではないのか。アユミさんはそう思っていると途切れ途切れに教えてくれました。

アユミさんは今、福祉関係の仕事に就き、中学生になった娘とふたりで暮らしています。ユウタさんとは夫の死後、どうしても会う気になれませんでした。

「夫の気持ちを大事にしながら生きていこうと思って。娘が成人するまで恋愛は封印するつもりでいます」

それが夫の狙いだったのか、はたまた夫は純粋な気持ちを遺しただけなのか。当事者であるアユミさんは深い後悔の念と共に生きています。第三者がとやかく言える話でないことだけは確かでしょう。

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