はじめに

内閣府が公表している「男女共同参画白書 令和2年版」によると、令和元年の共働き世帯の数は1245万。一方、専業主婦世帯は582万と2倍以上の開きがあります。1990年代後半を境に、その差は年々大きくなっています。

しかしながら、家事・育児については、妻の負担が減ったという声はあまり聞かれません。私が所属するしゅふJOB総研の調査でも、働きに出るようになった分、負担が増えたという妻たちからの声が聞こえてきます。もちろんご家庭ごとに差はありますが、総じて夫の協力は未だ不十分なようです。

世の中には、仕事も家事も育児も見事にこなすイクメンもいますが、まだまだ少数派です。家事も育児も全くしないゼロメンも少なくなりつつあるようですが、多くの夫たちは、“ゼロメン以上イクメン未満”に分類されるのではないでしょうか。

そんな、“ゼロメン以上イクメン未満”の夫たちの中でも、家事・育児に対して一歩積極的なスタンスを持っているパパたち4名を集め、しゅふJOB総研主催の座談会を行いました。そこで飛び交った発言の中から、印象に残った言葉をピックアップしてご紹介します。

全員がITエンジニアでもある彼らは、家事・育児に対する思いを客観的にロジカルに捉えて言語化して話してくれました。夫として家事や育児にどう向き合うか葛藤している方にとって、パパエンジニアたちの言葉が一歩前に進むためのヒントとなれば幸いです。


家事・育児は“参加”するものなのか?

「そもそも、男性の“育児参加”という言葉には違和感があります。何気なく使っているこの言葉に、闇の深さを感じます」

座談会冒頭で、パパエンジニアの一人が言った言葉に、全員がうなずきました。違和感の正体は、“参加”という言葉に含まれるニュアンスです。

“参加”と言う時点で、誰か他の人の役割であって自分は主体ではない、という意味合いが言外に含まれてしまいます。しかし、本来は家事も育児も夫婦がともに主体となって行うべきもの。この記事の冒頭で使用した“夫の協力”という言葉も、同様に違和感を覚えるべき言葉だと言えます。

そもそも自分のことを家事・育児を行う主体者だと認識していないのであれば、ゼロメンになってしまうのもわかる気がします。あるいは、ゼロメンでなくとも家事・育児に消極的な夫の多くは、自らが主体であることを認識していないのかもしれません。

幼少期の経験は解けない呪縛か?

とはいえ、かつては「男子厨房に入らず」と言われ、実際に男の子が台所に立つと叱られてしまう家庭もありました。そんな風に親・祖父母世代から影響を受けて育った夫は、家事・育児に対して消極的になってしまいそうです。しかし、座談会ではこんな言葉が聞かれました。

「父は全く家事をしない人でしたから、幼少期の経験はあまり関係ないと思います。私は、おそらく一人暮らしをしたことがきっかけで、それなりに家事ができるようになったと思います」

もちろん個人差はあると思いますが、父親が全く家事をしない家庭で育ったとしても、その後の経験で変わる人もいるということがわかります。幼少期の経験が必ずしもすべてではなく、その後実際に家事に携わった経験が影響する部分も大きいようです。