はじめに
雇用増加の残念な実態
安倍氏は退任会見で自身のレガシーとして雇用の増加を挙げました。労働力調査によると2013年1月から2019年12月にかけて雇用者数は+543万人と大幅に増加しました。しかし、増加の内訳では非正規雇用が全体の67%を占め、業種別では医療・福祉が21%でした。また、同期間で労働参加率が最も上昇したのは55~64歳の女性で、子育てを終えた専業主婦が介護施設などに非正規として勤めることで労働市場に参入したことがうかがえます。
好景気のもとで労働者が積極的に活躍の場を求めたというよりも、男性を中心とした世帯主の賃金が増えない中、税・社会保障負担増加に圧迫される苦しい家計を支えるため女性が働きに出ざるを得なかった姿も見て取れます。
全体の雇用が増えている以上、雇用拡大が安倍政権の実績であることは間違いありませんが、その評価は割り引いて行う必要があります。アベノミクスにおいて、家計部門への恩恵は企業部門と比べてわずかなものにとどまったと言えます。
最後まで放たれなかった第二の矢
最終的に、GDPは2013年から2019年にかけて年平均で名目+1.6%、実質+1.0%と停滞はしていないものの、決して高くない成長となりました。「名目3%、実質2%成長」との目標には遠く及ばす、同期間に好景気に沸いた他の先進国を大きく下回るなど、アベノミクスは失敗とは言えないまでも大きな成功とは評価できないでしょう。
アベノミクスで最後まで残る疑問は財政政策に対するスタンスです。歳入面では、国際金融経済分析会合に招聘されたクルーグマン氏、FTPL(物価水準の財政理論)を唱えるシムズ氏に深く賛同する浜田宏一氏と国土強靭化を唱える藤井聡氏、首相の経済指南役と言われる本田悦朗氏(いずれも内閣官房参与)、アベノミクスの仕掛人とも言われるリフレ派の旗手である山本幸三氏など、あらゆる経済ブレーンの反対を押し切って安倍氏は消費増税を行いました。しばしば財務省による陰謀論もささやかれますが、官僚の忖度が問題になるほどの官邸主導のもとで一省庁の意向が首相を超えることなどまずありえないでしょう。
歳出面でも、安倍氏は「輪転機をぐるぐる回して日本銀行に無制限にお札を刷ってもらう」と発言しながら、財政支出を通じてその刷ったお金を世の中に出回らせることを最後までしませんでした。国土強靭化を打ち出し、公共事業やインフラ投資にも積極的な姿勢を見せたものの、そのポーズとは裏腹に実質公的固定資本形成は在任期間を通じて25兆円付近で推移し、「聖域なき構造改革」を掲げ公共事業を削減した小泉政権末期や、「コンクリートから人へ」の民主党政権とほぼ同水準でした。
結局、第二の矢は最初から最後まで放たれず、財政についての考えというアベノミクス最大の謎が明らかにならないまま、安倍政権は突然幕を閉じました。
<文:ファンドマネージャー 山崎慧>
<写真:ロイター/アフロ>