はじめに
医者は病気を治す魔法使いではない
――『うつヌケ』を読むと、うつ病を患った時の医者選びの難しさを感じます。風邪であれば薬ですぐに治りますが、この病気はそうはいかないと……。
田中圭一氏(以下同): 本作中にも、「どこかにすごい医者がいて、魔法のように一気に直してくれると思っていた」という方が登場しますね。ですが、うつは風邪のようにお医者さんに行けばすぐになんとかなる、というものではない。結果、うつ病患者の方は医者を疑いやすくなってしまうのです。
さらに、お医者さんとの相性もあると思います。僕自身、何度か病院を変えました。最初の先生にかかった時は、言われるままに薬を飲みました。すると、症状は安定したものの、だんだんと薬の量を増やさないと効かなくなってきて……。さらに、「君の鬱は一生ものだ!」と言われてしまったことで、先生についていく自信がなくなり、転院を決めました。
次の先生は、もっと大量の薬を処方する人でした。薬について調べると断薬で苦しんでいる人の様子がたくさん出てきて、怖くなってすぐに転院。
結局、最終的に寛解までお世話になったのは、“2種類の薬だけで治療したい”という僕の意見を大切にしてくれた先生でした。相談に乗ってくれて「田中さんがそう思うなら、そうしましょう。それでやっていきましょう」と言ってくれたので、この先生と治療していこうと決意することができました。
暗黒トンネルを抜けるには“自分を好きになること”
――実際にうつ病を抜けるきっかけとなったことはありますか?
病院に通いながらも、かなりしんどい状態が続いていたのですが、2012年に『自分の「うつ」を治した精神科医の方法』(宮島賢也著/KAWADE夢新書)という本に出会いました。
これを読んだことで、自分がうつになった原因(前編記事)に気付けたんです。そして問題を解決するためには、“自分を好きになればいい”と。
本に書かれていた方法を試していくことで、少しずつ症状が改善しました。とくに朝、目覚めた時に自分をほめる言葉を唱えるアファーメーション(肯定的自己暗示)が、僕には効果がありました。今でも気持ちが落ちそうな時にはしています。
頭は忘れても、体は覚えている
――病気とうまく付き合うためには、気持ちのバランスをとることが大事なのですね。
また、体の記憶にも注意が必要です。
「頭と心と体で一人の人間」と言いました(前編記事)が、頭では“もう大丈夫”と思っていても、体はその時のつらい感じを覚えているんです。
僕はうつ病の間、登戸に住んでいて、抜けると同時に豊島区に引っ越しました。その後、2年くらい経って仕事で登戸に行ったんです。
当時もよく通っていたファミレスで取材と打ち合わせをして、「あー、楽しかった」と自宅に帰ってきた。すると、その日の夜、ガーンと気持ちが落ちてしまったんです。
“どうってことない”と思っていたのに、体は嫌がっていたんですね。頭では大丈夫だと思っていても体が覚えている、という教訓になりました。
うつは“心の風邪”ではなく、“心のガン”
――一度、抜けたと思っても、なかなか油断できない。うつ病は恐ろしい病気ですね。
うつは“心の風邪”ではなく、“心のガン”だと思います。
その症状のひとつに“死にたい”と思う希死念慮があります。漠然と死にたいと思う、ひどいときには本当に自ら命を絶ってしまうというのは、とても恐ろしい状態です。
なのに、“心の風邪”なんて呼ぶから、自殺者が出るほどの病気だということに考えがいたらなくなってしまう。「なまけ病」と呼ぶ人すらいる、ひどい話です。
健康で元気な人の“やる気がでない”状態の時は、まだ30%程度は気力が残っているんです。でも、うつ病になると本当にその気力がゼロになってしまう。
病気を経験し、気力ゼロの状態を知ると、“怠け病じゃねえよ”と憤ります。本当にトイレに行くくらいしかできないような、なにもできない状態になるんです。
心の風邪という呼び方は、本来、うつ病にかかっている人を安心させるためのものだったと思います。ですが、周りも“風邪なんだ”くらいの認知となっていることが問題です。
そのせいか、うつ病を克服した人のなかからも「うつはやって(経験して)おいたほうがいいよ」と引き込もうとする“うつゾンビ”が現れる。心のガンだと思えば、やったほうがいいなどという話になるわけがありません。