はじめに
「遺言書」では生前の問題はカバーしきれない
遺言書を作成していることは、遺された家族にとって手続きをスムーズに行うために必要なものです。ただし、遺言書は「亡くなったとき」にしか効力を発揮しません。
みちこさんが、亡くなる前に認知症や病気にかかり自宅に住むことができなくなったとき、自宅で次男と暮らしていくことは難しいでしょう。その時になって自宅を売却し、その代金で、みちこさんの施設費用や、次男の生活費に使おうと思っても、みちこさんが、認知症であれば自由に売却し、代金を使うことができません。
遺言書と併せて「任意後見契約」や「信託契約」を結んでおく
事前に対策をということであれば、遺言書と併せて「任意後見契約」や「信託契約」を長男と結んでおくという方法があります。
任意後見契約は、みちこさんが認知症等になった場合、財産の管理・処分や施設の入所手続きなどの法律行為を決まった誰かに頼んでおくというものです。みちこさんが、もし長男にそれをお願いしたいと考え、長男が承諾している場合はこの任意後見契約を公正証書で作成することになります。
任意後見契約は契約後すぐに効力が発生するわけではありません。みちこさんの判断能力がなくなり長男が後見を必要と判断した時点で家庭裁判所へ申し立てをし、「任意後見監督人」という、長男の財産管理等を監督する専門家が選任されることで効力が発生します。
また、信託契約は、財産を「信じて託す」という契約です。財産の管理・処分ができる点は任意後見契約と同様ですが、違う点として、原則、信託契約は契約を締結したあとすぐに効力が発生することです。任意後見契約の場合に必要な監督人は、みちこさんが望まない限り必要ありません。なお信託契約は、財産の取り決めをするだけなので、施設の入所手続き等の法律行為を行うことはできません。
任意後見契約・信託契約のどちらが良いとは言い切れません。家族や財産状況、想いや願いを聞いたうえで適した方法を選ぶと良いと思います。
判断能力のない人物に不動産の管理・運用は難しい
この遺言では、貸駐車場を次男へと考えています。「貸駐車場の安定した収入を次男に」という思いからです。遺言によって不動産の名義が次男に変われば安定的な収入を得ることができるでしょう。しかし、判断能力のない次男に貸駐車場の管理・運用は難しく、賃貸人と契約を結ぶことはできません。契約や費用の支払いなどの法律行為は後見人に就いてもらわないとできなくなるからです。つまり不動産を所有したことで新たな問題が出てくるのです。
長男家族が次男の面倒をみることに協力的であるのなら、遺言で貸駐車場も長男へ相続させるのも1つの方法です。その際に「貸駐車場の収入は次男のために使ってほしい」という想いを伝えておく。また、「信託契約」も備えには有効です。
信託契約に定めておくことにより、みちこさんが認知症になったとしても、長男が貸駐車場の管理を行うことができます。みちこさんが亡くなったあとの収入は次男へ。次男が亡くなった後は長男や長男の子どもに承継するなど、事前に定めておくこともできます。
お金を残してもおろせない? 金融機関の本人確認の壁
親の気持ちとして生活に困らないようにお金を残しておきたいという想いで障害年金を使わずにためている人も多いのではないでしょうか。また、すぐに使うことがないので定期預金にしている人もいらっしゃると思います。しかし、この定期預金を、本当に次男が必要になったときに解約することができるのでしょうか。最近の金融機関は本人確認が厳しく行われるところも増えてきました。預金を預ける時ではなく、解約するときが特に厳しいと感じます。
つまり、障がいのある子どものために預金を解約しようとしても、母親のみちこさんや長男では解約できないことがあるのです。これを避けるために、障害年金は、その子のためにしっかり使っていくことをお勧めします。それが不安であれば生命保険を活用するなどの方法もあります。
「将来この子にいくら残しておけばいいのか?」と思っている人も多いでしょうが、それぞれのご家庭の事情もありますので、ライフプランを考えて、できることから始めていきましょう。障がい者の親なきあとの悩みは切実です。ひとりで考えることはせず、親なきあとの相談は同じ悩みを持って活動している団体もありますので相談してみてはいかがでしょうか。
<相続診断士:藤井利江子>