はじめに

アメリカのドル紙幣は「銀行券」ではない

ポンドが世界経済の覇権を握っていた19世紀、大西洋を隔てたアメリカでは、経済体制が混乱の極みにありました。19世紀前半、通貨発行の権限を持っていた合衆国銀行が廃止され、各州の銀行の認可と取り締まりの権限にゆだねられるようになったのです。このとき、紙幣の発行も州が認可した銀行によって行われ、さまざまな紙幣が統一されることなく出回ります。

さらに、偽造紙幣も多発し混乱に陥るアメリカ経済。実は、クレジットカードを率先して使う今の風潮は、このときの経験が大きく影響しているといわれています。余談ですが、日本では今なお現金による決済が主流ですが、これがカードへシフトしていかない原因の一つとして「偽金の流通量が少ないこともあり、現金(紙幣)に対する信用が極めて高いこと」を挙げるという人もいます。

さて、アメリカが経済大国に成長したのはいつでしょうか?

それは19世紀終わりごろ。南北戦争で国が一つになったアメリカには、まだ開拓されていない広大な土地が広がっていました。そこに「アメリカン・ドリーム」を見た移民たちがヨーロッパから殺到、西部の開拓が進みます。そして、大陸の東西をつなぐ鉄道も建設され、開発ラッシュが荒々しく進んだ結果、イギリスを抜き去り世界第1位の工業国となったのです。

さらに、国内経済を整えるためにアメリカ流の中央銀行「連邦準備銀行」を設立。そして「連邦準備券」としてドル紙幣を発行することになります。

ここで気を付けてほしいのは、ドル紙幣は「準備券」だという点です。普通、紙幣は「銀行券」と呼ばれ、金と交換されるのが建前ですが、アメリカの場合は通貨の発行権が議会にあると規定されており、連邦準備銀行は紙幣を発行できません。そのため「金の裏付けが必要ない」「国債の購入にあてられる」ということで準備券という位置づけで発行されているのです。

ドルの次に一番をとる通貨はどれか?

ドルの強さが決定的になったきっかけは、第一次世界大戦でした。この戦争でヨーロッパが疲弊し、「漁夫の利」という形でアメリカが躍進を遂げます。1920年代になると、大量生産・大量消費社会が訪れ、国力はますます強くなります。その後、バブルの崩壊から世界恐慌が1929年に始まりますが、第二次世界大戦を経て、アメリカは世界でその地位を確立します。

その象徴ともいえる出来事が、1944年にアメリカのブレトン・ウッズで開かれた連合国の財務・金融担当者たちによる会議で成立した金・ドル本位制(ブレトン・ウッズ体制)です。

ここでドルだけが金と交換できる唯一の通貨となり、「1ドル=〇円」というような、各国の通貨の価値が示される固定相場制が採用されました。最初に金本位制を導入したのはイギリスでしたが、通貨戦争でアメリカに敗北したということになります。

しかし、盛者必衰というように、栄えたものはいずれ衰えます。それは「ドル」も例外ではありません。

その決定的な出来事が1971年のニクソン・ショックです。当時のニクソン大統領がテレビ会見を行い、ドルと金の交換の一時停止と輸入品に対する一律10%の輸入課徴金の徴収を表明。ブレトン・ウッズ体制は事実上、崩壊しました。

このころから叫ばれ始めたのが「グローバリゼーション」であり、アジアをはじめとした新興国が力をつけていきます。安価な労働力を揃えたそれらの国々は世界企業を次々に誘致、租税回避を目的とした「タックス・ヘイブン」も生まれました。また、EUでは2002年にユーロを現金として導入、国境をこえて同じ通貨を使うという壮大な実験が始まりました。

しかし、今やそのユーロも限界だと言われているほか、リーマン・ショックによって資本主義に懐疑の目が向けられ、世界の市場は大きく変わろうとしています。

18世紀からの流れを見ていると、世界の覇権を握る通貨の入れ替わりが、早くなっているようにも見えないでしょうか。また冒頭のように、これまでの通貨に代替する存在――「仮想通貨」が少しずつ広がりを見せています。

歴史は「お金」が動かしてきたのは、経済史を辿れば、まぎれもない事実です。そして、今、私たちが生きているこの瞬間がまさに経済史の転換点になっているのかもしれません。普段何気なく使っている「円」も、遠い未来には過去のものになっている可能性もあるのです。

(記事提供:日本実業出版社)

『世界経済全史』 宮崎正勝著


世界の国々がどのようにお金や経済と関わり、行動してきたのかを「51の転換点」を押さえながら一気に読み通します。経済は国々や人々の思惑と裏事情、そして欲望で動いてきました。これまでの動きと流れを知れば、現在・未来の経済の動きも見えてきます。

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