はじめに

先週、メガバンクグループが住宅ローン事業の縮小・撤退方針にあるというセンセーショナルな報道が相次ぎました。みずほ銀行は東北、中国、九州といった地方における住宅ローンの新規取扱い停止を、三菱UFJ信託銀行は住宅ローン事業そのものからの撤退を、それぞれ検討しているという内容です。

これらは、住宅ローンをめぐる事業環境、金融政策による収益環境、技術進歩を踏まえた金融機関の経営戦略などの中長期的な変化を反映したものであり、他の金融機関でも同様の動きが出てくる可能性が高いと思われます。こうした動きは、会社員、投資家の皆さんにどのような影響をもたらすものなのでしょうか。


住宅ローンの事業環境は一変

住宅ローンはこれまで長期間にわたって、民間金融機関にとって安定的な収益の見込める主力商品であり続けました。高度経済成長期以降の住宅取得率の上昇のほか、政府による住宅取得推進策、景気浮揚を目的とする住宅ローン減税など、さまざまな政策的なサポートもあって、住宅ローン残高は右肩上がりで増加を続けました。

2000年頃に住宅ローン市場が頭打ちとなった後も、それまで住宅ローンの主要な貸し手だった住宅金融公庫(現・住宅金融支援機構)が直接融資業務を縮小し、それを民間金融機関が肩代わりするといった形で、民間金融機関の住宅ローン残高は拡大を続けました。

そもそも住宅ローンは通常、普段住んでいる家のローンですので、真面目にきちんと支払う借り手が多いのです。仮に支払いが滞ったとしても、土地や家屋を担保として確保していることもあり、金融機関にとっては比較的リスクの低い、管理負担も大きくないローンという商品特性があります。こうした背景もあって、多くの金融機関が住宅ローンに注力してきました。

一方で、金融機関の間では、低金利以外で住宅ローンの商品性を差別化することが難しかった側面があります。加えて、他の金融機関への借り換えを背景とした繰り上げ返済も増加し、住宅ローンの採算は低下し続けました。

さらに近年では、日本銀行によるマイナス金利政策の導入もあり、住宅ローンの採算性はほとんどゼロ、中には新規実行分は赤字という金融機関も多くなっているといわれています。

ポジティブな論調が目立つワケ

こうした住宅ローンをめぐる中長期的な環境変化に加えて、金融機関の経営戦略にも変化がみられています。

今回の住宅ローン関連以外でも、店舗閉鎖や人員削減といった報道が相次いでいます。これまでは金融機関がこうした方針を打ち出すと、「リテール顧客や従業員の切り捨て」「顧客との接点を削減するほど経営環境が厳しい」といったネガティブな論調で報じられることがありました。

ですが、今回の一連の報道をみると、既存の重要事業からの撤退方針にもかかわらず、フィンテックや先端技術の活用によって合理化・省力化を前向きに進めている、というトーンでポジティブに紹介されているように見受けられます。

実際、今回の報道をくわしく見てみると、みずほ銀行は親密な地方銀行などに住宅ローンに関する顧客サービスを委託し、自らは資産運用や富裕層向け銀行サービスなど専門性の高い分野にリソースを集中するほか、地方銀行とは海外進出の支援や投資信託の提供などにより相互補完関係を強化する、といった方針を取るようです。

三菱UFJ信託銀行も、新規の住宅ローンの実行は三菱東京UFJ銀行の代理店として取り扱うと報道されています。三菱UFJ信託はこれにより、法人融資を含めた融資業務全体を三菱東京UFJ銀行に移管する一方で、資産運用や相続業務などの富裕層向け銀行サービス、不動産といった信託銀行の強みを発揮できる分野に注力する、という方針を一段と明確化したことになります。

さらに住宅ローンの残高を見ても、みずほ銀行は9.4兆円のほとんどが首都圏や大都市向けで、地方での残高は多くないようです。三菱UFJ信託は1.2兆円で、同じ信託銀行の三井住友信託銀行の8兆円、同じメガバンクグループの三菱東京UFJ銀行の14兆円には大きく水をあけられています。

こうして見てみると、今回の一連の住宅ローン事業からの撤退報道は、(1)この分野にあまり強みを持っていない銀行が、(2)採算が悪化し今後の拡大があまり期待できない分野から撤退し、(3)拡大が期待できる、強みを有する分野に経営資源を集中させる方針を打ち出したもの、と解釈することが出来ます。

一方で、住宅ローンに強みを持つ銀行では、撤退・縮小した銀行から委託を受ける形で住宅ローン事業を継続することが見込まれますので、住宅ローンを利用したいという顧客のニーズは引き続き満たされることになると考えられます。

金融サービスは不便にならない?

それでは、銀行の経営戦略は今後どうなっていくのでしょうか。

今回の一連の報道のように、メガバンクなどの銀行グループではグループ内でのビジネスラインの統合の動きが強まる可能性があります。また、親密な銀行同士や地域金融機関の間でもビジネスの統合や相互補完を強化する動きが加速する可能性があります。

こうした動きは金融機関の収益性を高めることになるほか、事業の見直しにより捻出された人員などのリソースを、資産運用や資産管理のコンサルティング、事業承継や相続などの税務相談、出産・育児などのライフサイクルに合わせた融資利用のアドバイス、高齢者のサポート、地方創生・地域活性化に向けた取り組みなど、より付加価値の高い、顧客ニーズの強い分野に振り向けることになると考えられます。

このような顧客本位のサービスの提供は、新しい時代の金融機関の目指すべき方向性として金融庁も強く推奨しています。フィンテックの動きもこうした取り組みを一層加速することになると思われます。

こうして見てくると、金融機関の顧客である私たちにとって、金融サービスが不便になるという懸念を抱く必要はなさそうです。むしろ、これまで以上に便利なサービスが広がっていくことが期待できる動きなのです。

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