はじめに

皆さんは「玄関開けたら2分でごはん」というフレーズを覚えていますか?レンジで2分加熱すればホカホカのご飯ができあがる「サトウのごはん」のテレビCMです。その製造元であるサトウ食品工業が、一部商品の希望小売価格の引き上げを発表しました。

発売から30年が経過したロングセラー商品が値上げされるのは、今回が初めて。なぜ、このタイミングなのか。初の値上げの背景には、どんな理由が隠されているのでしょうか。


200グラムパックで10円の値上げ

サトウのごはんが値上げされるのは今月21日出荷分から。代表的な商品である銀シャリ、あきたこまち、ひとめぼれの200グラムパック(バラ売り)1個あたりの希望小売価格は現在150円(税抜き)ですが、これが160円に上がります。3個パックは440円から460円に、5個パックは720円から760円に値上げします。

あくまでメーカー希望小売価格を引き上げるということなので、実際にスーパーやコンビニの店頭価格がこの幅で上がるかは流動的です。店頭でいくらで売るかという決定権は、小売店の側にあるからです。

実際、同じ商品でも店によってさまざまな値段で売られています。希望小売価格150円(税込み162円)のあきたこまちの単品は、コンビニでは168円(税込み181円)で売られていますが、120~130円前後で売っているスーパーもあります。

実は、「希望小売価格を引き上げる」とは「卸売り先に値上げ交渉をします」という意味なのです。サトウ食品はスーパーやコンビニのPB(プライベート・ブランド)商品にもOEM供給(相手先ブランドでの製造)をしており、そちらも値上げ交渉をするそうです。

需要増を引っ張る“意外な顧客層”

サトウのごはんが誕生したのは1987年。以来30年間値上げをしてきませんでした。今回の初の値上げの理由は、原料である「うるち米」の価格上昇と人件費・物流費の高騰です。

ただ、メーカーにとって原価の上昇分を販売価格に転嫁することは、ある意味、賭けです。値上げによって販売数量が減るリスクがあるからです。それでもサトウ食品が値上げに踏み切ったのは、旺盛な需要が背景にあることは間違いありません。

農林水産省が公表している加工米飯の生産量統計によれば、サトウのごはんに代表される無菌包装米飯の生産量は、調査を開始した1999年から昨年までの17年間で2.7倍になっています。

冷凍チャーハンなどの冷凍米飯も伸びていますが、それでも17年間で1.1倍です。レンジで加熱すれば食べられる手軽さは同様ですが、1食分ずつに小分けされているうえ、常温で長期間保存が可能で冷凍する必要がない点、そして、ほぼ毎日食べる白いご飯であるという点にアドバンテージがあるのではないでしょうか。

サトウ食品では「近年の成長の牽引役は高齢者と中高年」と分析しています。一人暮らしだと、1人分だけご飯を炊くのは非効率です。食べる量も若い頃に比べたら格段に減ります。だからでしょうか、少量の製品の要望が強いそうです。

30年前の発売当時は独身男性や単身赴任の男性をターゲットにしていましたから、1パック200グラムという分量は適量だったのですが、この量だと中高年や高齢者にはちょっと多い。もう少し少量のものをという消費者の要望に応えた結果、現在では下は130グラムから、上は300グラムまで6種類を展開しています。

300グラムもよく売れるそうですが、これは夫婦で1パックを分け合うのにちょうど良いからだそうです。サトウ食品は無菌包装米飯の新工場建設も予定していて、完成予定は2019年5月。40億円を投じて、生産量を24%引き上げるそうです。

無菌技術が高シェアを支える

サトウ食品が大きなシェアを握っていることも、値上げに踏み切ることができた理由の1つだと考えられます。

正確なシェアはサトウ食品自身も把握していないようですが、農水省の統計によれば、昨年の「無菌包装米飯」の生産量は年間約14万5,000トン。サトウ食品の出荷量は推定約5万4,000トンですから、単純計算で国内シェアは37%です。これだけ市場を占有していれば、値上げによって同業他社に顧客を奪われる可能性は限定的でしょう。

それではなぜ、サトウ食品はこれだけのシェアを確保できたのでしょうか。切り餅(もち)で培った無菌包装技術を持っていたからです。

1980年代初頭まで、年末に買った正月用のお餅は三が日が終わる頃にはカビるものでした。が、蒸し上げたお餅を無菌状態でパックする「無菌包装餅」を、サトウ食品が1983年に発売して以降、お餅はカビない、長期間常温で保存できる食品に変わりました。

参入障壁は意外と高い?

この技術は新潟県の食品研究センターが音頭を取り、県の産業振興を目指してサトウ食品など県内の加工食品業者とともに研究を重ね、開発したものです。

ただ、無菌室を持てるのは、高額の設備投資に耐えられる事業者だけ。このため、原料の餅米の調達力が高く、なおかつ無菌室を持てるだけの資金力もある新潟県内の4事業者で、切り餅の市場シェアの7割を占有しています。

カビない切り餅への参入障壁がそのまま無菌包装米飯の参入障壁になったのだとしたら、高いシェアが獲得できたこともうなずけます。

今回の希望小売価格の引き上げによって、おそらく店頭での値段が上がることは間違いありません。それでも、消費者がはっきり気付くほど上がるかどうかはわかりません。

無菌包装米飯は分量や使っているお米の銘柄が多岐にわたっていて、微妙に安いなと思ったら200グラムパックではなく180グラムだったり、アマゾンのまとめ買いだと1個あたりは希望小売価格の6割近い価格だったりもします。

消費者としては価格、使っているお米の銘柄、分量をしっかり見て、賢い買い物を心がけたいものです。

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