はじめに

米国株の上昇が止まりません。本稿執筆現在(7月26日、米国は25日)ダウ工業株30種平均は12営業日連続で上昇しています。12連騰は2017年2月以来、6年5カ月ぶりのことです。


米国の景気後退懸念が下火になった理由

この株高の背景には米国経済のソフトランディング期待があります。一時は米国景気のリセッション入りは不可避、との見方が大勢を占めましたが、現在では景気後退懸念はかなり下火になっています。年後半の景気後退入りはなく、来年前半にあったとしても非常に「谷」の浅いマイルドなものになるだろうとの見方がコンセンサスではないかと思われます。その理由は労働市場の堅調さとインフレの伸び鈍化によるFRBの利上げ停止観測です。

失業率は半世紀ぶりの低さにあり、雇用者数は堅調な伸びを続けています。それでも労働参加率はコロナ禍前の水準にまで戻っておらず、構造的な人手不足の状態にあります。したがって賃金も上がっています。充分な職と賃金上昇があれば消費が落ち込むことはありません。エネルギー価格の低下も家計にとっての恩恵です。

こうしたことから民間調査会社コンファレンスボードが発表した7月の消費者信頼感指数は117と、前の月から6.9ポイント上昇しました。市場予想を上回り、2年ぶりの高い水準となっています。現状を示す指数のほか、先行きを示す期待指数も前の月から上昇しました。

一方、物価上昇率は鈍ってきました。6月の消費者物価指数の上昇率は前年同月比+3.0%と5月の4.0%から鈍化し、2021年3月以来約2年ぶりの小幅な伸びとなりました。これを受けてFRBの利上げも7月で最後になるだろうとの見方が台頭しています。そもそも景気後退を招くと予想された理由の最たるものがFRBのハイペースの金融引き締めでした。最大の理由がもはや終わろうとしているのだから景気後退そのものへの懸念も薄らいで当然だといえます。

リセッション懸念の後退は株式市場の物色傾向によく反映されています。ダウ平均が12連騰を達成した25日の米国株式市場ではスリーエム、キャタピラー、ゼネラル・エレクトリックといった景気敏感株が買われ大きく上昇しました。

リセッション懸念の後退に加え、もうひとつ、米国株のラリーをけん引してきた材料は生成AIなどテクノロジーへの期待です。業種別の年初来パフォーマンスを見ると、1位が情報技術、2位がコミュニケーションです。生成AIの普及で成長が期待される、半導体・デジタル関連の銘柄が幅広く買い上げられてきました。業種別の年初来パフォーマンスの3位~5位は、一般消費財サービス、資本財サービス、素材となっており、ハイテク株と景気敏感株が一体となって米国の株高をけん引してきたことがわかります。

世界経済の成長見通しも上向きに

これまで米国景気の良好さについて述べてきましたが、良好なのは米国だけではありません。例えば上述のAI向け半導体需要は世界で設備投資を加速させます。TSMCは、高性能半導体の生産に必要な特殊工程「先端パッケージング」の新工場を台湾中部の苗栗県に新設すると発表しました。投資額は約900億台湾ドル(約4000億円)を見込んでいます。生成AI向けの需要増に対応するものです。3~5年程度の中期で見ればAIがけん引する半導体市場の成長性は高く、米半導体大手のアドバンスト・マイクロ・デバイス(AMD)のリサ・スー最高経営責任者(CEO)は現状の数百億ドルから3~4年で1500億ドルの規模に成長する見通しを示しています。

国際通貨基金(IMF)は25日に四半期に1度の世界経済見通しを公表しました。それによると米国の2023年の成長率は0.2ポイント引き上げ1.8%としました。ユーロ圏は2023年に0.9%の低成長を見込むものの、イタリアやスペインの観光産業が回復して0.1ポイント上方修正しました。日本はインバウンドなどによる消費の押し上げ効果を考慮し、0.1ポイント上方修正し1.4%としました。日米欧いずれも成長見通しが上方修正され、先進国全体では前月より0.2%アップの1.5%成長の見通しです。新興国は中国が据え置きとなったものの、インドが0.2%上方修正されるなど、新興国全体で0.1%の上方修正となりました。これらを総合すると、今年の世界経済の成長見通しは4月時点の2.8%から3.0%に上方修正されています。つまり世界の景気は上向きだということです。

こうなってくると「世界景気敏感株」といわれる日本株相場には追い風です。東証の業種別の年初来パフォーマンスを見ると1位・鉄鋼、2位・卸売、3位・機械、以下、輸送用機器、電機、鉱業、建設と景気敏感なセクターが上位に並んでいます。日米とも景気の良さが株高の背景にあるといえます。

世界経済好調の鍵は中国経済

懸念は米国のリセッションではなく、むしろ中国経済でしょう。IMFも中国については5.2%成長の前回予測を据え置いたものの、不動産業界の軟調が投資に打撃を与えているほか、外需低迷と若年層の失業率上昇もあり、回復は鈍化していると警告しました。

しかし、中国政府はすでに手を打ち始めています。中国共産党は24日に中央政治局会議を開き、2023年下半期の経済運営方針を決めました。新華社が伝えた政治局会議後の声明は「不動産政策を適時調整し合理化する」と述べ、景気刺激策の規模や数値目標は示されませんでしたが、今後具体策が出てくるとの期待が強まっています。これを受けて25日の中国株式市場は大きく上昇しました。なかでも不動産セクターは6%を超える大幅高になりました。年後半、中国経済が政府のてこ入れ策で回復軌道に乗れば、世界経済はますます好調となり、「世界景気敏感株」といわれる日本株相場は上値を追う展開が期待されます。

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