はじめに
65歳から年金を受け取るか、それとも手取りが減っても早く受け取る「繰上げ受給」にするか、はたまた、年金額が増える「繰下げ受給」をするか…。
数字だけを見ると「遅らせるほど得」と感じますが、そこには「何歳まで生きるか」「増えた分に見合った手取りになるか」といった現実的なハードルが潜んでいます。
この記事では、その判断基準と“自分のベスト”を見極めるためのヒントをお伝えします。制度を使いこなす視点で、ベストな年金戦略を描いてみてください。
繰り下げ受給の基本とメリット
老齢年金は原則として65歳から受け取ることができますが、希望すれば65歳より前に年金を受け取り始める「繰り上げ受給」や66歳から75歳(1952年4月1日以前生まれは70歳)の間に受給開始を遅らせる「繰り下げ受給」という選択肢があります。
まず、繰り下げ受給の基本的な仕組みを確認しましょう。
年金の受給開始を1ヶ月遅らせるごとに、年金額は0.7%増額されます。最大の75歳まで繰り下げると、年金額は42%も増加する計算です。これは非常に大きなメリットに映ります。
例えば、本来65歳で月10万円受け取れる場合、70歳から受け取ると月14万2,000円になり、75歳まで遅らせれば月18万4,000円へと跳ね上がります。この増額率は、一度決定されると生涯変わることはありません。
繰り下げ受給に向いている人と向いてない人
では、具体的にどのような人が繰り下げ受給に向いているでしょうか。
最も繰り下げ受給の恩恵を受けやすいのは、65歳以降も何らかの形で収入を得る予定がある人です。この場合、年金の空白期間に経済的な不安を感じることなく、増額された年金を将来受け取れるというメリットを享受できます。
また、潤沢な貯蓄や退職金があるなど、当面の生活費に困らない経済的基盤がある人も、繰り下げ受給に向いています。年金に頼らずとも生活が成り立つため、繰り下げによって将来の年金額を大きく増やすという選択が現実的になります。
そして、繰り下げ受給の最大のポイントは「損益分岐点」です。
一般的に、65歳からの受給と比較して、繰り下げた年金の総額が上回る年齢は、受給開始を遅らせれば遅らせるほど高くなります。例えば、70歳まで繰り下げた場合の年金額面の損益分岐点は81歳11カ月、75歳では86歳11カ月。この年齢以上長生きできた場合は、トータルで得をする計算になります。ご自身の健康状態や、ご両親の寿命などを考慮し、長寿への自信がある人は、繰り下げ受給を検討する価値が大いにあります。
一方で、繰り下げ受給の選択を見極める必要がある方もいます。
65歳で完全に仕事をリタイアし、年金以外に十分な収入源がない、あるいは少ない場合、年金の空白期間の生活費が大きな負担となります。
貯蓄を切り崩すスピードが速くなり、老後資金が枯渇するリスクが高まります。このケースでは、無理に繰り下げをせず、65歳から年金を受け取り始める方が賢明かもしれません。
また、健康状態に不安があり繰り下げ受給のメリットを享受できないと考える方や、経済的な合理性だけでなく、精神的な安心感を重視する方は、無理に繰り下げず、原則通りの受給開始、もしくは繰り上げ受給を選ぶ方が心の平穏を保てるでしょう。老後の生活は、お金だけでなく心のゆとりも非常に大切です。
そして、早めに年金の受給を開始して投資に回したいという方もいらっしゃいます。繰り下げ受給のリターンより投資の方が高いと思われる方はチャレンジできますが、その分リスクを背負うことを念頭に置く必要もあります。
繰り下げ受給の8つの注意点
繰り下げ受給をする場合に考慮したい点8つをお伝えします。老後の資金管理に重要になってきますので、家族間で話し合うときの参考にしてください。
(1)繰り下げ待機中は加給年金・振替加算ストップ
繰り下げている期間は配偶者の加給年金や振替加算が受け取れません。扶養手当的な役割を持つこれらの加算を受け取りたい家庭は注意が必要です。
(2)増額が付くのは75歳(あるいは70歳)まで
昭和27年4月1日以前生まれの人は70歳、それ以降の世代は75歳が上限です。上限を過ぎて請求しても、それ以上の加算は付きません。
(3)複数の厚生年金は一括請求のみ
元勤務先が複数あって別々に年金が支給される人でも、一部だけ先に受け取ることは不可。すべて同じタイミングで繰下げるか、まとめて65歳で請求するかの二択です。
(4)障害年金・遺族年金を受給中は申請できない
65〜66歳の間に障害・遺族年金を受ける権利がある場合、繰り下げの申し出はできません。ただし、障害基礎年金のみ受け取る権利のある方は、老齢厚生年金の繰下げ受給の申し出ができます。
(5)繰下げ待機中に別の年金権が発生すると増額率が確定
例えば、繰り下げ中に配偶者が亡くなり遺族年金を受け取る権利が発生した瞬間、そこまでしか増額率は伸びません。請求をさらに遅らせても、固定された率以上は増えない点に注意です。
(6)企業年金・厚生年金基金も自動的に足並みをそろえる
厚生年金基金や企業年金連合会(基金等)から受け取れる方は、老齢厚生年金と同時に繰り下げ扱いとなります。事前に基金の支払元へ確認しないと「会社年金も受け取れない空白期間」が生じる恐れがあります。
(7)保険料・税負担が跳ね上がることも
年金収入が増えると住民税や介護保険料の区分が上がり、手取りは目減りします。増額分をそっくり生活費の上乗せにできるとは限りません。
(8)繰り下げ待機中に死亡すると5年で時効
本人が請求前に亡くなると、遺族が5年以内に手続きをしなければ過去分の年金は時効消滅。請求代理はできないため、繰下げを選ぶなら家族と密に共有しておく必要があります。