はじめに

「老後のための投資だからこそ、積極的に増やしたい」。そう話すのは、60歳を迎えた共働き夫婦。AI相場や米国株の上昇に期待しつつも、将来の取り崩しをどう考えるべきか悩んでいました。老後資金を“攻めと守りの両立”で支えるために、FPとしてお伝えしたポイントを紹介します。


米国株と金だけでは、リタイア後の出口が描けない

相談に訪れたのは、定年を迎えた60歳の夫と、フリーランスのライターとして活動する同い年の妻。夫は継続雇用で65歳まで働く予定、妻は70歳まではペースを落としながら仕事を続けたいとのこと。投資経験はゼロに等しいものの、情報感度が高く、米国株やAI関連の成長性に大きな期待を寄せていました。

運用予定額は約1,800万円。70歳以降はこの資産から毎月10万円を目安に取り崩しながら、年金と合わせて生活のゆとりを確保したいという目標を描いています。検討していたのは、S&P500やFANG+などの米国株、そして金のファンド。積極運用でリスクを取る覚悟もあり、「3〜5年で一括投資に近い形でも構わない」と意欲的でした。

しかし、ポートフォリオ(資産配分)を確認すると、債券がゼロ。

このままでは、相場急落時に資産が半減する可能性があります。老後資金の運用で見落としてはならないのは、まず「なるべく減らさないこと」。特に運用期間が10年程度の場合、相場のタイミングによっては元本割れのまま取り崩し時期を迎える可能性もあります。老後資金は「増やす力」だけでなく、「減らさない仕組み」が何よりも重要です。

債券を入れることで「守りながら攻める」運用が可能に

ご夫婦の「積極的に増やしたい」という希望を最大限尊重しつつ、提案したのは、リスクを抑えながらも成長資産を中心に据えるため、株式7割前後・債券2割・金1割程度を目安にした分散構成。これは、中リスク・中リターン型の一般的なアセットアロケーション(資産クラスの配分)の一例です。

株式100%では下落時に▲50%前後のリスクがありますが、債券や金を組み入れることで下落幅をおおむね▲35〜40%程度に抑えられる試算もあります。例えば、1800万円では、下落率の差10〜15%は、金額として約180〜270万円の差にもなります。

債券については、ご夫婦がすでに預貯金で国内資産を一定額確保していることから、ポートフォリオには為替分散の意味を兼ねた先進国債券インデックスを提案しました。株式と異なる値動きをする資産を組み合わせることで、資産全体のブレを小さくできます。

また、金については「為替ヘッジ無し」のファンドを選択。金はドル建てで取引されるため、円安局面では為替差益を上乗せしたリターンを見込めます。また、為替ヘッジを行うためのコストが発生しないため、長期保有の老後資金としては、円安やインフレに強い「ヘッジ無し」が合理的と判断されました。

なお、70歳から月10万円を20年ほど取り崩すという出口を想定すれば、より安定的なポートフォリオも選択肢としてあります。しかし、資産運用の最終判断はあくまでご本人が行うもの。FPとしての役割は、リスクとリターンのバランスを示したうえで、ご本人の価値観や希望を尊重することだと考えています。

「債券の利息」は見えないけれど、確実に積み上がる安定源

「債券のファンドでは、今後のインフレに追い付かないのでは?」という質問をよくいただきます。たしかに、金利が上がる局面では既存の債券価格は下がりやすく、物価上昇時には実質的なリターンが目減りする可能性があります。

この点だけを見れば、“インフレに強い資産”とはいいにくいのも事実です。それでも老後資金の運用において債券を組み入れる意味はあります。債券は株式に比べて価格変動が小さく、利息収入が見込めるため、相場が大きく下落したときでも資産全体の値動きを抑える「クッション」として機能します。

さらに、債券ファンドが保有する債券の利息は基準価額に反映され、目に見える分配金がなくても、ファンド全体の安定的な成長を下支えしています。つまり、投資信託を通じて債券に投資しても、「利息が取り崩しの安定源になる」という考え方は成り立ちます。

株式100%では下落時の心理的ストレスが大きくなりますが、債券を一定割合組み入れておくことで、“減らさない安心感”を確保しながら運用を続けられるのです。特に、これから投資を始める60代にとっては重要なポイントです。

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