はじめに

シカ肉やイノシシ肉を使うジビエ料理。フランス語が語源で当地では高級料理としてもてはやされ、日本でも主に山間部で古くから親しまれてきました。しかし今、日本の里山は増えすぎたシカやイノシシによって荒らされ、農作物などの被害額は年間約200億円に上るとされています。その「鳥獣害対策」や地域活性化策としてもジビエが期待される中で、さらに注目を集めているのが愛知県で「狩りガール」「ハンター女子」とも呼ばれる女性猟師の清水潤子さんです。


古民家を改装してジビエカフェ

愛知県豊田市。言わずと知れた自動車生産の街ですが、背後には岐阜や長野にまたがる広大な丘陵地を抱えています。

その奥深い山間地の一つである「足助(あすけ)」地区。幹線道路からさらに奥へと入り込んだ、典型的な里山の風景にたたずむ一軒の古民家が、清水さんの「狩り」の拠点です。

「地元の人がいくつか物件を紹介してくれたんですが、せっかくならすぐ側をイノシシが走り回っているようなところがいいと思って」と、清水さんはにっこりと微笑んで、少しひんやりとする玄関の土間を通してくれました。

古民家は築150年で、柱や梁を残しながら内部を改装。囲炉裏のある居間と台所を使って、清水さんがジビエ料理をふるまう「山里カフェMui」を2017年12月にオープンしました(同月1日から22日までの約3週間開店。その後は道路凍結時期のため2018年3月18日まで休業)。

念願の「山里カフェ」を開店した清水さん。壁にはシカの頭の剥製が

「最初は単に人が寄って来られるスペースをつくって、私の『メッセージ』を伝えようと思ったんです。それで地元の起業支援のプロジェクトに応募しようとしたら、『食べられる場所の方がいい』とカフェを提案されました。すでにリフォームは進んでいたんですが、慌ててカフェになるように修正して……」

きゃしゃな見た目からは想像がつかない大胆なエピソードを披露する清水さん。「狩り」の合間に手づくりするメニューは、猪肉のスライスをごはんにたっぷりのせた「猟師丼」や、北海道まで遠征して獲ったエゾシカのロースト肉などを盛り付けた「ジビエプレート」など、これまた豪快です。

それらを通して伝えたい「メッセージ」とは何なのでしょうか。

「走るイノシシ」きっかけに免許取得

新潟県長岡市で生まれた清水さんは、もともと農業に関心がありました。会社員である現在の夫と結婚して、10年ほど前に長野県売木(うるぎ)村で募集していた農業体験に参加。月1、2回の米づくりに夫婦で5年間ほど通い続けていると、「愛知の足助でも募集している」という話を聞きつけました。さっそく現地に足を運んで米づくりをすることにしますが、ここで“運命の出会い”が。

足助の田んぼで地主と昼食をとっているとき、目の前をイノシシがさあっと走り抜けたのです。

鳥獣害については知っていたけれど、間近にイノシシが走る姿を見ることはありませんでした。あっけにとられる清水さんを前に、地主は獣害の深刻さを訴えながら「イノシシを捕ってくれないか」と言い出します。清水さんは戸惑いつつ、その場でネット検索をしてみると、狩猟免許試験の案内が見つかりました。

「免許、とってみようか」

もともと夫婦で「資格マニア」だったという清水さんは、夫と顔を見合わせてこう決断しました。

狩猟免許は都道府県が窓口となって認可される国家資格。「網」と「わな」、そして「銃(第一種、第二種)」という、猟で使う道具に応じてそれぞれに免許があります。銃はハードルが高いため、清水さん夫妻はまず「網」「わな」を取ることにしました。

試験は関連法令や猟具の取り扱い、鳥獣の生態などに関する知識を問う筆記試験のほか、視力や運動能力に関する適性試験、猟具を適切に扱えるかどうかの技能試験があります。清水さんはそれらの内容を猟友会の講習に通うなどしながら学び、2014年8月に「網」「わな」の免許を取得、「狩りガール」への第一歩を踏み出すことになったのです。

狩猟スタイルの写真が表紙に掲載された地元のフリーマガジンを手にする清水さん

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