はじめに
「外為市場のような24時間、無数の主体が取引している巨大で奥行きの深い市場で、仮に1つ、あるいは複数の店頭FX業者が破綻した時に、金融システム全体に影響を及ぼす事態はなかなか想像しづらい。どんなリスクが懸念されるのか、今そのために何が不足しているのかというのを出発点に、他の金融商品とバランスを取る形での議論をお願いしたい」
3月12日に金融庁で開かれた「店頭FX業者の決済リスクへの対応に関する有識者会議」の第2回会合。その序盤で、セントラル短資FXの松田邦夫社長は立て板に水で意見を表明しました。
検討会の議論に先行する形で「レバレッジ上限を現在の25倍から10倍へと引き下げる」という報道が出ている、FX(外国為替証拠金取引)の規制強化に関する動き。第2回会合では、どのような議論が展開されたのでしょうか。
FX業界は何を考えているか
この日の会合の序盤、業界団体である金融先物取引業協会の山﨑哲夫事務局長が資料に沿って、店頭FX取引の現状とリスク管理について説明しました。その後、セントラル短資FXの松田社長が店頭業者約20社の意向を集約したものとして、議論にあたっての業界認識を披露しました。
その中で出てきたのが、冒頭で触れたコメントです。松田社長は、このほかにも5つの認識を示しました。
1.店頭FX業者は、これまで協会を通じて当局とも密接に連携しつつ、リスクの顕現化を防ぐために相当高度な管理手法を整備してきた。
2.市場の取引規模と業者が負うリスクの規模は同義ではなく、後者は取引を相殺し、圧縮した後のポジションと相関する。市場の拡大は、取引ルールの整備、リスク管理と顧客サービス改善に向けた努力の結果、利便性が高まり、投資家に選好されたことによる面も大きい。
3.多様な通貨を機動的かつ低コストで投資できる機会や、為替リスクをヘッジする手段としてのFX取引の効用は、広く認知されている。
4.店頭FX取引の社会的・経済的効果として、市場の流動性を増し、東京国際金融市場の発展に寄与している。
5.経済の実態を反映しない形で相場が一方的に触れるオーバーシュートに歯止めを掛けることで、市場を安定させる機能も果たしている。
FXのレバレッジは本当に高い?
こうした業界としての意見表明の後、各事業者が自社の現状について説明しました。FX取引で最大手のGMOクリック証券の鬼頭弘泰社長は、自社の例を挙げ、レバレッジが10倍を超える取引は全体の85%以上を占めており、「仮にレバレッジ上限が10倍ということになれば、マーケットへのインパクトは極めて大きい」と指摘しました。
また、店頭FXと取引所FX(いわゆる「くりっく365」)それぞれにおける顧客の通貨選好状況を披露。レバレッジを大きく取る顧客が多い店頭FXでは、相対的にリスクが低いとされるドル円の比率が高いのに対し、取引所FXでは小さいレバレッジで、リスクの高い高金利通貨を取引する顧客が多い状況を説明しました。
続いて、ネット証券最大手・SBI証券の小川裕之取締役が同社の現状を解説。大阪取引所で取り扱っている「日経平均先物」(平均30.5倍)や、日経225のCFD(差金決済取引)である「くりっく株365」(同52.5倍)に比べると、FXの25倍というレバレッジは低いと強調しました。
加えて、同社の未収金について、先物オプションの未収金金額が2018年2月末時点で13億円に達しているのに対し、FXのそれは125万円にとどまっている状況を披露。「複数の金融商品を取り扱っている当社としては、店頭FXにおけるリスク、特に顧客未収金に過大なリスクがあるという実感はありません」と力説しました。
焦点は中小業者のリスク管理に
これらの説明を受けて、複数の検討会メンバーから「本日話のあった3社については、態勢が整っていることがわかった気がする」「3社の話を聞く限りでは、規制は不要ではないか」という感想が聞かれました。
そのうえで、「新たに規制を設ける必要があるかどうかは、中小規模の業者の状況が重要になる」との意見が出ました。
この点については、検討会の座長を務める慶應義塾大学の池尾和人教授も同調。「業界内でリスク管理にバラつきはないのか。中小だけでなく、大手の中にも自主管理で見劣りする業者がいないと言い切れるのか。把握できるよう、協会にお願いしたい」と求めました。
こうした流れを踏まえると、次回以降は中小業者のリスク管理態勢が議論の1つの柱となりそうです。
「レバレッジ規制だけの話なのか」
その他に有識者から比較的多くの意見が出たのは、業界として実施しているストレステストの有効性や、海外における規制の動向についてでした。
これらの点に関して、セントラル短資FXの松田社長は「『システミックリスクを起こしません』では思考停止になる。海外がどうなのか、ストレステストが十分なのか、不断に検討しながら、自主管理能力の向上が求められていると認識しています」と述べています。
海外の動向については、次回以降、金融庁から資料を用意するよう、池尾座長から指示がありました。また、検討会メンバーからは「レバレッジ規制だけの話なのか」という課題意識も提起されました。
議論次第ではあるものの、夏頃までには何らかの取りまとめをしたいというのが金融庁の意向です。これまでの会合は月1回の頻度で開催されており、同様のペースだとすると、残りの会合はあと3~4回。どこまで議論が深まり、利用者にとって有意義な結論が導き出せるのでしょうか。
現状の議論は、必ずしも「レバレッジ上限10倍」という観測報道と同じ方向に進んでいるわけではないようにも感じられます。