はじめに

カタルーニャ式、アメリカ式、ローマ式

次はスペイン語の事情です。スペイン語はスペインのみならず、多くの中南米諸国にも話者を持つ言語です。そのせいでしょうか。割り勘表現で「名指し」される人々も地域差が存在していました。

まずスペインから。この国でも、支払いを代表者がまとめて行うことが普通とされています。そのスペインでは、割り勘を「a la Catalana」(ア・ラ・カタラーナ)と呼ぶのだそう。直訳では「カタルーニャ式」のこと。ここでいうカタルーニャとは、もちろんスペイン北東部のカタルーニャ地域を指します。最近では独立問題が話題になっている地域でもありますね。カタルーニャ以外のスペイン人は、カタルーニャ=ケチというステレオタイプを持っているのかもしれません。

一方、中南米に目を向けると、スペイン語の使用国の多くで、割り勘のことを「a la Americana」(ア・ラ・アメリカーナ)と呼んでいるようです。直訳では「アメリカ式」のこと。残念ながら、ここでアメリカが登場する理由までは調べることができませんでしたが、この場合もアメリカ人がケチのイメージとして登場しているのかもしれません。

またスペイン語圏の中でもアルゼンチンにだけは、マイナーながら「a la Romana」(ア・ラ・ロマーナ)という別表現も存在するようです。これは直訳で「ローマ式」のこと。もちろんローマとは、イタリアのローマを指します。

実はイタリア語でも「alla Romana」(アラ・ロマーナ)という表現があるので、イタリア人移民を通じてこの表現が流入したのかもしれません。ちなみにイタリア語におけるローマ人は「人がいい」というイメージがあるようです(参考:九段アカデミー「忘れられないイタリア語の話」)。これはケチとは異なるイメージですが、割り勘表現を通じて「誰かを名指しする」構造は共通しています。

まとめるとスペイン語では、カタルーニャ、アメリカ、ローマが名指しされていることになります。

イギリス式、ダマスカス式、ドイツ式

エジプト(アラビア語)では割り勘を「イギリス式」と呼んでおり、シリアやレバノンなどの東部地中海沿岸地域のアラブ諸国(アラビア語)では、割り勘を「ダマスカス式」と呼んでいるようです。ダマスカスはシリアの首都です。またトルコ(トルコ語)では割り勘を「ドイツ式」と呼んでおり、タイ(タイ語)やパキスタン(ウルドゥー語)では割り勘を「アメリカ式」と呼んでいるようです。各地域のイメージは確認できませんでしたが、割り勘表現を通じて「誰かを名指しする」構造はここでも共通しています。

さらに中国では、割り勘を「AA制」(エイエイジー)と呼ぶのだそう。AAの語源は諸説ありますが、「Arithmetic Average」(算術的平均)の略などの説があるそうです。この中国語の事例は、今回紹介した他の事例と異なり地域名が登場しません。ただ中国語におけるアルファベット系の熟語の中には外来の概念も少なくありません。AA制という表現から「これは中国本来の習慣ではない」という暗黙の主張も感じられます。

このように世界各国の割り勘表現を観察すると、別地域を名指しする事例を数多く発見できるのです。名指しする側は「割り勘は本来、自分たちの習慣ではない」と言いたいのかもしれません。

なお本稿では、名指しされた地域を揶揄する意図はまったくないことを、ここに申し添えておきます。不快に思われた場合は申し訳ありませんでした。

次回も割り勘の話題を続けます。日本語の割り勘は、各国語の名指し表現と比較すると穏やかな表現にも見えます。しかし実は日本でも「誰かを名指しする割り勘表現」が存在していました。次回は日本語の割り勘事情を紹介することにしましょう。

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