はじめに
今からちょうど50年前の1968年、「3億円強奪事件」が日本中を震撼させました。しかし、今年1月に発生したコインチェックのハッキングは、市場の値動きもあるとはいえ、この200倍近い金額が1日で失われました。これを受け、仮想通貨価格は一時4割下落しました。
それから2ヵ月が経ち、仮想通貨市場はやや息を吹き返しています。価格も売買高も上昇傾向にあり、直近の最安値から4月16日までで21%上昇しています(上図)。私が所属するマネックス証券の親会社であるマネックスグループによるコインチェック買収のニュースも一因ですが、それ以外にもいくつか要因がありそうです。
復活の背景は?
まず、米国の個人投資家による、税金支払いのための換金売りの一巡が挙げられます。米国の個人の場合、4月15日までに前年の税金を申告する必要があります。昨年末にかけての仮想通貨市場の高騰で、個人が追加で必要な納付額は2,500億円にも上る、との試算もあります。
世界の仮想通貨市場における米国の投資家のシェアはおおむね3割となっていますので、(各国ごとの税率にもよりますが)世界合計では、この数倍の税金の支払いがありえます 。もちろん換金売りの対象は仮想通貨とは限りませんが、それなりの売り圧力になっていた可能性はあります。
また、ここのところ規制強化の報道が沈静化していることも要因の1つでしょう。3月のG20(主要20ヵ国財務相・中央銀行総裁会議)では具体的な規制強化策の提示には至らず、7月までに具体的な施策に向けた動きが始まるとみられます。今はこの狭間にあり、各国当局もあまり大きなアクションを取っていない印象です。
今後の持続力はセキュリティと規制次第
このような市場の活況は継続するのでしょうか。カギを握るのは、ハッキングなどセキュリティ問題の有無と各国当局の規制です。ハッキングを予想するのは難しいため、ここでは規制について整理したいと思います。
下表は、各国の仮想通貨に対する規制の概要を表したものです。国によってまだかなり温度差があるのがわかります。この表はGDP(国内総生産)規模の順に並べてありますが、上位のほうが厳しく、やや小国のほうが自由度が高い印象です。
これらのうち、今後注目されるのは上位国の動向です。米国については、3月に仮想通貨やブロックチェーンに関して専門委員会で討議が行われ、何らかの規制が必要であるという点についてはひとまず合意しました。
米証券取引委員会(SEC)議長も「ブロックチェーン技術の健全な拡大のためにも、早急な規制が必要」と発言しています。あくまで、テクノロジーを育成しつつ、規制を行っていく、というスタンスとみられます。
EU(欧州連合)は米国よりは厳しいトーンになっている印象です。ただ、EU加盟国間の温度差も大きく、共通認識としては取引に関する報告を義務付ける方針が示されている程度です。仮想通貨取引におけるEUのシェアはあまり高くないこともあり、国際動向をにらみつつ、時間をかけて進みそうです。
一方、EUからの離脱に向かう英国は、もともとフィンテックを推進している国だけに、仮想通貨に関しても一定の理解を示しています。当局は3月に「仮想資産タスクフォース」の設置を発表しました。仮想通貨のリスクを見定めつつも、英国を「最も魅力的なフィンテック拠点」にするべく、調査・検証を進め、年内に取りまとめる予定です。
次の注目は7月の主要国の規制方針
このように、欧米諸国には2月頃ほど切迫したトーンがなくなった印象です。コインチェック事件のショックから時間が経ったことに加え、市場規模が大幅に縮小し、過熱感がなくなったことが大きいと思います。
しかし、仮にまた価格が急騰したら、規制当局の規制強化の動きが加速するでしょう。このため、当面の仮想通貨市場では、7月の主要国の規制方針をにらみつつ、静かながら堅調な値動きが期待されます。
(文:マネックス証券 チーフ・アナリスト 大槻奈那)