はじめに
「預貯金が個人金融資産の5割を占めているという大問題を解決する必要があります。そのための一番の手立ては、最先端の技術を取り入れること。さまざまな産業を巻き込んで、日本が誇るべき共創のコンソーシアムにしていきたい」
4月19日に開かれた「証券コンソーシアム」発足に関する発表会。コンソーシアムの会長を務める、SBIホールディングスの北尾吉孝社長は強い決意を口にしました。
35社が参画する形で発足したこのコンソーシアムとは、どんな組織で、具体的に何を目指していくのか。そして、その動きは国内の投資家に対してどのような影響を及ぼすのか、検証してみます。
「これまでにない大きな動き」
証券会社26社とシステムベンダーなど9社が集まり発足した、証券コンソーシアム。副会長を務める、楽天証券の楠雄治社長は「これまでにない証券業界を挙げた大きな動き。ブロックチェーンやKYC(本人確認)、売買審査、アンチ・マネロンなど、新しい技術を活用して解決すべき課題がたくさんあるという認識の表れ」と評します。
事務局を務めるSBIリップルアジアの沖田貴史代表によると、分散台帳技術(DLT)に代表される最先端技術を積極的に活用することで、従来はトレードオフになりがちだった「利用者の利便性」と「証券会社の業務効率化」を両立させ、業界として「貯蓄から資産形成へ」の流れを進めていくことが、コンソーシアムの目的だといいます。
コンソーシアムの組織は、カブドットコム証券、野村ホールディングス、楽天証券という3社の副会長企業を中心に幹事会を設置。その下に、当面は3つのワーキンググループ(WG)を置いて、最先端技術の研究と利活用を推進していく形をとります。
3つのWGとは、KYCなどに関する課題について議論する「KYC・本人認証WG」、AIやロボットを活用して業務の効率化を促進する「共通事務WG」、DLTの利用に関する中長期的な検討や実証実験を行う「DLT先端実験WG」を指します。
煩雑なログイン管理をシームレスに
この中で、最も具体的な方向性が定まっているのが、KYC・本人認証WGのようです。同WGを取りまとめる楽天証券の担当者は、本人認証・KYCの問題点について、次のように指摘します。
本人認証におけるログインは、30年前に登場してから変わらず、IDやパスワードを利用者の記憶に頼る形で認証する方式が続いてきました。ただ、1人の利用者が複数の証券会社を使うことが当たり前となる中で、IDやパスワードを盗まれないための処理も煩雑になってきました。
また、KYCの最終段階において、現行法では郵便による本人確認が義務づけられています。NECが証券口座を保有している2万人を対象に実施した調査では、KYCの効率化について64%の人が利便性が高まると評価。KYCが簡素化されれば新たに口座を開設したいという人も35%いたといいます。
そこで同WGでは、煩雑なログイン情報に関する管理を利用者に押し付けるのではなく、各証券会社が同じ方式を採用し、同じIDによって、利用者には見えないシームレスな形で簡単に本人認証ができる仕組みを作ることを模索します。
また、当面は現行法の範囲内でできることから実装していきますが、並行してKYCの完全オンライン化に向けた法改正の必要性も訴えていくとしています。
国民が喜ぶ着地点を探れるか
同WGでは、利用者のライフステージに合わせてKYCを実施することで、利用者の静的な属性情報だけでなく、リアルな世界での投資活動に関する一部情報を共有し、利用者の志向も把握していくといいます。
しかし、資産運用という、とりわけプライバシーに関する感度が高いと考えられる分野において、こうした情報の共有化がどこまで利用者に受け入れてもらえるのかは、疑問の余地が残ります。
「証券だけでなく、銀行やクレジットカードなどすべての金融業界において、こういうコンソーシアムを立ち上げていくことが、日本の金融業の高度化につながると確信しています。企業間での競争などという低次元の話は終わりにして、国民が喜ぶものを作り上げていくという精神でやっていただきたい」
コンソーシアムの会長を務める北尾氏は、発表会をこんな言葉で締めくくっています。プライバシーと利便性の両立という観点からも、国民が喜ぶような着地点を見いだせるのか。今後のWGでの議論が注目されます。