はじめに

5月9日、マレーシアでは下院(代議院)選挙が行われ、マハティール元首相率いる野党連合の希望連盟(PH)が与党連合の国民戦線(BN)を破り、総議席数の過半数(222議席のうち122議席)を獲得しました。

下院選挙の結果を受けて、マレーシア独立後初となる政権交代が実現し、マハティール氏は2003年以来15年ぶりに首相の座に返り咲きました。今回は、マレーシアの政権交代後の経済見通しについて考えてみたいと思います。


なぜ政権交代が起きたのか

マレーシアは1957年の独立以来、最大与党の統一マレー国民組織(UMNO)を中心とする与党連合のBNが、一貫して政権運営を行ってきました。しかし近年、与党のナジブ政権に対する国民の不満が高まっていました。

具体的な理由としては、首相のナジブ氏(UMNO所属)が立ち上げた政府系投資会社であるワン・マレーシア開発公社(1MDB)をめぐる巨額汚職疑惑と、首相夫人関連のスキャンダル、インフレ率の上昇に伴う生活コストの上昇などが挙げられます。マレーシア国内では、より清廉な指導者と生活の改善を望む声が高まっていたといえます。

一方、野党側は人民公正党(PKR)と民主行動党(DAP)、国民福祉党(アマナ)の3党が野党連合のPHを結成。元首相のマハティール氏をトップに立てて、選挙戦に臨みました。

マハティール氏はすでに92歳と高齢ですが、以前の首相在任時(当時はUMNO所属)には1981~2003年の22年間にわたってマレーシアを高度経済成長に導いてきた実績があります。国民の6割以上を占めるマレー系住民の支持も根強いことから、今回の選挙で野党の勝利に決定的な役割を果たしました。

またマハティール氏は、自身の後継者をPKRの実質的な指導者であるアンワル氏とする方針を掲げています。国民からの人気が高い同氏を味方につけたことも、勝因の1つだったと思われます。

マレーシア経済の現状と先行き

マハティール氏率いるPHが掲げている選挙公約を見ると、2015年に導入された物品・サービス税(消費税に相当)の廃止、2014年に廃止された燃料補助金の復活、最低賃金の引き上げ、低所得者を対象とするヘルスケア制度の導入、主婦向け年金制度の導入、国立大学の授業料無償化、自動車の購入支援といった、国民の負担を軽減する政策が目立ちます。

これらの政策はマレーシア国民にとって非常に魅力的ですが、国の財政状況を考えるとあまり現実的ではありません。

ここでマレーシアの財政状況を確認してみましょう。同国は1998年以降、財政赤字の状況が続いており、2017年の財政収支は399億リンギ(約1兆1,000億円)の赤字、名目GDP全体に占める財政赤字の比率は3%に達しています。

ナジブ政権の下では、物品・サービス税の導入や燃料補助金の廃止などの財政再建策が講じられたため、財政収支の対GDP比は若干改善しました。その一方で、国民の生活コストが上昇して、政権に対する不満が高まりました。

今後、マハティール政権が選挙公約を実行に移すとすれば、歳入の約2割弱を占める物品・サービス税が廃止され、さらに燃料補助金も復活することとなり、マレーシアの財政収支は大幅に悪化すると予想されます。

政権交代で成長戦略は進む?

また、マレーシアでは「ブミプトラ(土地の子)」と呼ばれるマレー系住民の優遇政策が実施されており、この政策が競争を妨げ、同国の高コスト体質の1つの要因になっています。今後、マレー系住民の代弁者であるマハティール氏はブミプトラ政策を堅持していくと予想されるため、コスト競争力を向上させるような抜本的な改革は期待できないと思います。

さらに、マハティール氏は中国など海外からの投資プロジェクトに対して「見直しが必要」との立場を示しています。状況によってはインフラ建設に影響が出てくる可能性もあります。

今回の政権交代を受けて、海外の機関投資家はマレーシア経済の見通しが不透明であるとして、ネガティブに評価しているようです。

マハティール政権が選挙公約を実施していくとすれば、財政赤字の拡大や公的債務の増加につながる可能性があり、欧米の格付け会社がマレーシア国債の格下げを行うリスクがあります。また、マレーシアの経済成長や競争力向上につながる具体的な成長戦略については、未だ見えない状況です。

これらのことを考慮すると、当面は新政権の経済運営を慎重に見守るべきだと考えられます。

(文:アイザワ証券 投資リサーチセンター 王曦 写真:ロイター/アフロ)

この記事の感想を教えてください。