はじめに
5月25日。東京・飯田橋のイベントホールは平日の昼間にもかかわらず、大勢の来場者でごった返していました。
企業別のブースとプレゼンテーションのステージに分けられた会場レイアウトは、ごく一般的な就職・転職イベントと同様です。しかし、プロスポーツのユニフォームやスポーツ選手の等身大パネルが飾られるなど、一般的な採用イベントより華やかな雰囲気が漂っていました。
この日、開催されたのは、プロ野球のパ・リーグ6球団とパシフィックリーグマーケティング(PLM)が中心となって企画した「パ・リーグ キャリアフォーラム」というイベント。スポーツビジネス業界への転職を考える人向けの中途採用イベントです。
憧れの競技・選手と身近な職場で働けるという魅力の一方で、環境や待遇はハードなイメージが付きまとうスポーツビジネス業界。実際のところはどうなのでしょうか。
日本初の大規模スポーツ就職イベント
今回のイベントに出展したのは、パ・リーグ6球団とPLMのほかに、サッカー・Jリーグからヴィッセル神戸、川崎フロンターレ、バスケットボール・Bリーグから横浜ビー・コルセアーズ、栃木ブレックス、卓球のTリーグなど。野球のみならず、サッカー、バスケ、卓球と、競技の枠を超えて合計16の企業・団体が集まりました。
イベントを共同開催した、転職サービス「DODA」の大浦征也編集長によると、就職イベントにこれだけ多くの競技団体が集まったのは日本初だといいます。来場者数は当初の想定を4割も上回るという盛況ぶりでした。
パ・リーグ6球団とPLMがこうしたイベントを開催するのは、今回が初めてではありません。今年2月にはパ・リーグだけで、新卒・中途向けの採用イベントを開催しました。この時の反響が良く、実際に採用に至った例も複数あったことから、さらに規模を拡大しようと他の競技団体にも声をかけた、というのが開催に至った経緯でした。
「人材領域だと各チームでいがみ合う必要はなかったのですが、これまでは音頭を取る人がいませんでした」と語るのは、PLMの園部健二チーフディレクター。今回のイベントの狙いを「スポーツ界全体で手を組んで、良い人材を獲得して、マーケットを大きくし、さらに良い人材を採るというサイクルを回したい」と語ります。
園部さんによると、スポーツビジネス業界の求人活動は自チームのホームページに採用情報を載せるのが主流だそうです。それだけでもかなりの反響がある半面、ホームページを熱心にチェックしている自チームのファンからの応募に偏りがち、という悩みもありました。
スポーツ好きがスポーツの仕事をすれば、これまでの延長線上で考えてしまう。むしろ、金融機関や商社、メーカーなど、それぞれの専門分野で知見を積んだ人材のほうが、スポーツの現状を客観的に分析できるはず。「そういう方々にも、スポーツチームが門戸を開いていることを知らせたかった」と、園部さんは言います。
日本における「ドリームジョブ」の現状
米国では「ドリームジョブ」とも呼ばれ、絶大な人気を誇っているスポーツビジネス。しかし、今のところ日本では、前述のようにファンからの応募が大半という状況です。
その背景にあると考えられているのが、「激務なのに給料が安い」という世間のイメージ。野球を例にとれば、春先からキャンプが始まって、日本シリーズに進出すれば11月まで試合が続きます。この期間はほとんど休みが取れなさそうなのに、給料や待遇が格段に良いという話は聞かない、というわけです。
実際のところはどうなのでしょうか。
同じく野球を例にとると、確かにシーズンは春から秋までありますが、実際に球団スタッフが関係するのはホームゲームだけ。パ・リーグ戦のレギュラーシーズン試合数は今期であれば143試合ですが、その半分の試合しか業務に携わっていない人が多いといいます。
試合以外の日はデスクワークが中心。シーズン中は土日に試合があれば休日出勤になりますが、オフシーズンの間は基本的にはカレンダー通りの勤務になるそうです。「決してハードな職場環境ではありません」(園部さん)。
また待遇面は、基本的に各球団の親会社のものを踏襲しているといいます。いずれの親会社も球団を持てるくらいの経営体力のある企業ですから、給与水準も世間では良い部類に入ります。
2年後にはFAで人材を獲得?
では、逆に球団側が求めている人材とは、どんなスキルを持った人なのでしょうか。PLMの園部さんは、球団側の思いを次のように代弁します。
「誤解を恐れずに言うと、お金を稼げる人、新しいビジネスを作れる人、データを使える人。今までのやり方をしていたら、今までと状況は変わりません。盲点を具現化することで、ファンをもっと増やしていきたい。そのための力になってくれる人材を求めています」
実際、この日のイベントでトークセッションに登壇した各チームのスタッフも、前職は電機メーカーの法人営業、百貨店の販売スタッフ、大手ネット通販サイトの広告営業、テレビ局のデザイナーと、多岐にわたっていました。
登壇者からは、前職での経験が生かせたエピソードとして、「営業での経験から、顧客が何をしてほしいのかを考え、需要に応えることができました」「どういう準備をして、誰にアプローチするか。段取りとコミュニケーションはどこの組織でも同じだと思います」という意見が聞かれました。
一方、どんな人材に入社してほしいかという質問に対しては、「とにかくスポーツに携わりたい、というアプローチではなく、自分が何がしたいのか、何ができるのかを考え抜いてほしい」「SNSにアップする写真を選ぶのは女性のほうが得意。女性目線でファンが欲しい情報を訴えてほしい」という答えがありました。
まだ緒に就いたばかりの、スポーツビジネス業界における人材への取り組み。しかし、園部さんは「2年後にはFA(フリーエージェント)で人材が取れるよう、スポーツビジネス業界の人材を流動化させたい」と意気込みます。
今回の集客状況を見ていると、第3回の開催もそう遠くはなさそう。米国のように、日本でもスポーツビジネスがドリームジョブになるのでしょうか。今後2年間の業界の動きが試金石となりそうです。