はじめに
大きくなるには時間がかかる。
私が新卒で証券会社のディーリングルームに配属され、新人ディーラーとしてポジションを持ったときの失敗は、いまも忘れられずにいます。
たった1枚の日経225先物(当時はラージのみ)の取引でした。その当時はまだルーキーで、自分の直属の上司を通じて電話で注文を取り次いでもらっていました。実は前日の引け間際に、持っていた日経225先物1枚を投げようと思い、その上司に「売ってください」と言ったのですが、上司も自分のトレードに熱くなっていて、私のか細い声が聞こえなかったのです。結局、そのまま日経225先物1枚を買い持ちにしたまま、オーバーナイトすることになりました。
そして翌日、ドル円が1ドル=100円を割り込んだため、寄付きから日経225が500円以上下げ、私のロングポジションに50万円の損失が生じました。当時の私にとって、50万円の損失はあまりにも大きく、目の前が真っ暗になったことを覚えています。
そんなルーキーが、6,486万円やられても、「まあ、何とかなるよ」と思えるくらいにまで、メンタルは強くなることができました。何度も何度も辛い思いや怖い思いをし、苦しい局面を乗り越えるために日々のトレードを振り返り、常に自分と向き合いながらトレードの工夫をし、ポジションをとり続け、その苦境を乗り越えることの繰り返しによって、ようやくたどり着いたわけです。だいたい、そうなるまでに10年の歳月がかかりました。
プロの株式ディーラーも、個人のトレーダーも関係なく、メンタルを鍛えるには、さまざまな経験を積むための長い時間を必要とします。1年や2年でそのようなレベルにたどり着こうと思う必要はありません。
本当の強さを得たいのであれば、焦らず相場と自分と向き合い続けることです。たしかに相場がいいときに勢いに乗れるときもあります。しかし、そういったときに簡単に稼げたことを自分の実力と勘違いすると、その後のむずかしい相場であっという間に消えていくような運用者にしかなれません。
そんなに簡単に強くも大きくもなれはしません。リスクと向き合い、それをコントロールし、リターンを出し続ける。そのためには相場と向き合う力と自分と向き合う力が必要になります。一歩ずつ大きくなっていけばいいのです。
いま若いディーラーを育てていても、その姿は昔の自分と同じようなものです。基礎がまったくできていない子にやらせると、だいたい毎月数十万円のヤラレをコンスタントに出して、そこから少しずつ少しずつ、やられなくなります。
崩れかけたときに1回引いて間合いをとるなど、少しずつ相場と自分自身との向き合い方を覚えていって、少しずつ数字がつくれていくようになっていく、失敗した自分を直視して自己分析をし、次のトレードに必ず活かす。こういう、泥臭い地道な積み重ねでしか、本当に強くなることはできません。
成功する個人投資家の運用方法
個人投資家も同じでしょう。個人の場合、周りでチェックしてくれたり、止めてくれたりする人はいないので、自分自身でコントロールしながら、成長していかなければならない分、組織に所属しているディーラーよりもむずかしいところもあるでしょう。
成功している個人投資家の運用資産額の推移を見ると、だいたい二次曲線のように増えているものです(額で見ると、ベースが増えるにしたがって、リターンは複利で増えるため)。一見、短期間ですぐに大きく稼いでいるように見えますが、そうではありません。
「100万円を元手に、1年後に億にしたい」というのはあまりにも安易な発想といわざるをえません。そんな願望どおりにマーケットは動いてはくれません。そうではなくて、100万円を10%増やして110万円にする。次の年にはもう少し努力して、110万円を20%増やす。次の年にはさらに努力してパフォーマンスを上げる。こうして経験を積み重ねながら地に足をつけて取り組んでいけば、グラフは二次曲線で増えていくのです。
決して丁半博打でなく、コントロールが効いた状態でそれを実現するためには、必要なことがたくさんあります。一足飛びに大きくなることはできませんが、きちんと続けていれば結果は出ますから、焦ることはありません。100万円を1年で1 億円にするというリターンをとりにいく人は、1年で1億円の損を出すリスクをとっているのだということを自覚しておくべきでしょう。
お金を稼ぎたいのも理解できます。早く大物といわれるようになりたいのも理解できます。しかし、その道は険しく、遠い道のりなのだということを知っておいてください。相場はさまざまな表情をみせます。そのなかで、戦い続け、さまざまな経験を乗り越えてこそ、本当の強さを身につけることができるのです。
一足飛びに大きくなってしまうと、未体験の相場に直面したとき、思わぬ大きな損失を被ってしまうかもしれません。焦ることなく、一歩ずつ強くなっていってください。
今回は、7つのメンタルマネジメントのポイントから3つに絞ってみてみました。ディーラーとして会社に属している人でも、あるいは個人投資家としてトレードしている人でも、相場の基本は「まずは生き残ること」。そのためには「テクニカル分析の知識」や「ファンダメンタルズの読み取り方」より先に、「自分の心を制御し、冷静に相場に向き合うこと」を身につけなければなりません。
これ以外にも、本書にはスイングやデイトレ、マネーマネジメントの方法に至るまで「プロトレーダーのやり方」が詳細に書かれています。今回の暴落でやられたものの、まだ市場に立ち向かう気力が残っている方は、ぜひ参考にしてみてください。
「株式ディーラー」プロの実践教本 工藤哲哉著
山和証券で執行役員ディーリング部長を務める著者が説く、吐く気がするほどの暴落を目にしたときに思い出して欲しい、トレーダーのメンタルマネジメント術。いかに「自分の心を制御し、冷静に相場に向き合うこと」が重要かを詳細に解説。
記事提供/日本実業出版社