はじめに

「自己調達」から「現地調達」へ

ボランティアは「自己調達」が原則だとされます。食事や宿泊、交通手段は自分で、あるいは仲間で確保して自己負担するべきでしょう。

ただし、それも限界があることは確かです。水や食料が足りなくなったけれど、現地で調達してはいけないと我慢して倒れてしまうのも、まさに本末転倒の話です。現地の状況をよく確認したうえで、モノを買ったりサービスを受けたりするのは決して悪くありません。

今回の西日本豪雨でも、被害の大きかった広島県坂町のホームセンターが駐車場をボランティアに開放していました。ボランティアは屋上駐車場に車を止め、そこから歩いて被災地へ。屋上から降りて1階の店舗を通り抜ける形になるので、マスクや軍手など足らないモノを購入して現地に向かったり、現場から戻って翌日の活動に必要なモノを調達できたりします。お互いによいメリットがあるケースでしょう。

広島県呉市で開設されていたボランティアセンター

ひとくくりに「被災地」と呼んでしまっても、実際の被害や復旧具合はさまざまです。特に観光や商業で成り立っている地域では、被害はほとんどないのに本来の客が離れて苦しむ店などが出てきます。6月の大阪北部地震でも、震源に近い高槻市で客が来なくなったレストランが困っているとして、ボランティアが「みんなでランチを食べに行こう」と呼び掛けたという話がありました。

これは支援物資についても似たように考えられます。初期は被災者のためにと大量のモノが送り届けられ、実際に助けられる人が多いのですが、徐々に地域が復興していくと無料で出回る支援物資と同じモノを売る店が困ってしまいます。「民業圧迫」のような状況です。そこで、タイミングを見計らって逆に「現地調達」に切り替えていく必要が生じます。

東日本大震災では、「災害ボランティア活動支援プロジェクト会議(支援P)」が宮城県の小中学生らに文房具や日用品などを支援物資として送る際、4月の新学期の時期は東京の企業から無償提供を受けたモノを中心に、数百人のボランティアが袋詰めをして約8,000袋を現地に送りました。

しかし、5月に入ると物流も回復してきたため、仙台市内の卸会社を通して弁当箱や傘などを購入し、企業の提供物資と合わせて東北へ送りました。これにより被災地の経済復興に役立てると同時に、被災者の細かいニーズ(例えば小学校の低学年と高学年で違う大きさやデザイン)に対応したモノを迅速に送ることもできたとされています。この支援Pのプロジェクトには、日本経済団体連合会が会員企業に経常利益や可処分所得の1%以上を社会貢献に生かすことを呼びかける「1%(ワンパーセント)クラブ」の活動資金が使われました。

こうしてお金をモノに、あるいはモノをお金にしていくことも、被災地の状況を優先して柔軟に取り組まれていくことが望ましいでしょう。「ボランティア」のイメージや、一人ひとりのできることも膨らんでいくのではないでしょうか。

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