はじめに

エピソードに基づく通称:円をドルと呼ぶ人もいた

紙幣に“エピソード系”の通称(ドイツ製・日本円紙幣を意味する「ゲルマン紙幣」など)があったように、硬貨にもエピソード系の通称があります。

例えば、前項で登場した硬貨「Susie」(1979~1981年の米1ドル硬貨)には「Carter quarter」(カータークオーター)との蔑称もあったといいます。このCarterとは、第39代大統領(1977年~81年)であったジミー・カーターのこと。この1ドル硬貨が、同時の25セント硬貨(通称クオーター)とよく似た大きさであったため市中で混乱が起こってしまい、当時の大統領が批判の矛先とされてしまったのです。このほかにも、第一次大戦の終戦を記念して発行された1ドル硬貨である「peace dollar」(ピースダラー)、硬貨のデザイナー名が通称となった1ドル硬貨「Morgan dollar」(モルガンダラー)など、エピソード系の通称も色々あります。

ところで硬貨におけるエピソード系の通称には「他通貨からの引用」という独自の傾向も見られます。例えば米ドルの1セント硬貨(100分の1ドル)には「penny」(ペニー)という通称があります。これは本来、英ポンドなどで登場する補助通貨ペニー(かつては240分の1ポンド、現在は100分の1ポンド)のこと。つまり英ポンド→米ドルという方向で引用が発生しているのです。

同様の引用は、米ドル→日本円の関係でも発生しました。明治時代の日本語の俗語に「ダラ」という表現があったのです。これは米ドルのことを意味するだけではなく、日本円の硬貨を意味する場合もありました(参考:日本国語大辞典「ダラ(弗)」(1)「ドル」に同じ。(2)金銭、特に硬貨のことをいう)。おそらくは「冗談めいた」表現だったとは思うのですが、このような言い方も確かにあったのです。

素材に基づく通称:紙幣の通称にはない“独自傾向”

さてここまで額面系、色・柄系、肖像系、エピソード系の4系統について硬貨の通称を紹介しました。細かい傾向の違いこそあれど、いずれも「紙幣の通称」で登場したのと同じ系統でした。しかし硬貨の通称には、以上のいずれの系統にも当てはまらないものがあります。それは“素材”に基づく通称です。

例えば米ドルの5セント硬貨には「nickel」(ニッケル)という通称があります。これは硬貨の材料が「銅とニッケルの合金」であることからの通称なのです(注:ニッケルの通称ははじめは1セント硬貨に対するものだった。当時の1セント硬貨が銅とニッケルの合金でできていた)。また、英ポンドの旧1ペニー硬貨には「copper」(カッパー)という俗称もありました。これは一時期の1ペニー硬貨が“銅”製だったことに由来する表現です。

――ということで“紙幣編)”と“硬貨編”の二回に分けて、通貨の通称について分析してみました。額面系、色・柄系、肖像系、エピソード系の通称が存在する状況は、紙幣でも通貨でも一緒。しかしながら硬貨の通称には“素材系”という異質の傾向もあることが分かりました。

また両者共通の傾向のなかでも、実は“細かい違い”がありました。例えば同じ額面系の通称でも、硬貨の場合はクオーターなどの“割合表記”に、紙幣の場合はラージなどの“規模表記”に存在感があったのです。人々が紙幣・硬貨のどんな特徴に注目しているのか。以上の“差”には、その注目点が現れているように思っています。

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