はじめに

大事なことだけれど、どうしても敬遠しがちな“相続”の話。これまで、「名義預金」と「事業承継」について見てきました。

最終回の第3話は「遺言書」のお話です。数年前の終活ブーム以降、書く人が徐々に増えている遺言書。しかしその内容によっては、遺族間の争いの元になることもあるようです……。


衝撃の遺言書

「ウチの父が『遺産は全部チヨミちゃんに譲る』と言い出したんです。しかも、遺言書にもそう書いてあるとか。冗談じゃありません!」

そう話すのは、鈴木礼子さん(61・仮名)。家は代々続く地元の名士、不動産を多く所有する資産家です。礼子さんの母親は既に亡くなっているので、父親に万が一のことがあった場合、通常であればその資産は子供である礼子さんとその妹(59)が継ぐことになります。

しかし、父親の口から出たのは「チヨミちゃんに全部譲る」という驚くべき言葉。なんとこのチヨミちゃん、父親が溺愛するペットの犬なのです。

日本の法律では、人以外のものが財産を所有することは認められていません。父親の言う通り、遺言書に「チヨミ(ペット)に全財産を譲る」と記載していた場合、その遺言は無効となる可能性が高くなります。

しかし礼子さんによると、父親は「遺言書は既に公証役場に認めてもらっている」と言い張っているようです。「そんな遺言書はなんとしてでも撤回させます」と礼子さん。果たして、そんなことができるのでしょうか。礼子さんは妹と2人、公証役場に出向きました。

遺言書は有効?無効?

遺言書の方式は「自筆証書遺言」、「公正証書遺言」、「秘密証書遺言」の3種類が認められています。その中でポピュラーなのは「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」です(下図)。

「自筆証書遺言」は本人が自筆で書く作り方です。手軽に作成できる一方、内容に不備があれば無効となってしまいます。また、遺言の執行前には、相続人全員に遺言の存在を明らかにし、その後の変造・偽造を防ぐための「検認」という手続を家庭裁判所を通じて行わなければなりません。

一方の「公正証書遺言」は、本人が喋った内容を公証人に遺言書としてまとめてもらう作り方です。専門家が適正な書式で書いてくれるので不備の心配はありません。また、その内容は公証役場で保管されるので、紛失や偽造の恐れもありません。

しかし、作成には相続金額に応じた作成手数料や事務手数料がかかりますし、2人以上の証人の立会いが必要になるなど、かなりコストがかかります。

礼子さんの父親が使った方式は、その中間のやり方、「秘密証書遺言」だと思われます。遺言内容は本人が書き、封をします。それを公証人に提出することで、公証役場が遺言の存在を証明してくれる、という形式です。

封をしてしまっていますので、内容について公証人は関知しません。そのため、執行前には自筆証書遺言と同じように家庭裁判所の検認が必要となります。コストの割に手間もかかるので、今はあまり使われることがないやり方です。

礼子さんと妹は公証役場に行き、父親が作成した遺言を見せてほしいと頼みました。しかし、公証役場では「遺言を書いた本人がまだ存命のため、その有無の確認も含め照会には応じられません」と断られてしまいます。これは「本人が生きている間に遺言の内容がわかってしまうと、遺言を無理やり書き直させようと脅迫するものが相続人の中から現れる可能性があるから」とのこと。

礼子さんと妹は、押し黙って帰ってくるしかありませんでした。

「付言事項」で思いをつたえよう

今回のケースについて、大和証券自由が丘支店の相続コンサルタント南上沙友理さんに話を聞きました。

南上さん:昨今、亡くなられた後のペットの心配をされるご相談が増えています。このような場合は、「前条の相続の負担として、ペットの〇〇ちゃんの面倒を見ること」など、財産を受け取る人に一定の法律上の義務を負担させる遺言を書かれる方が多いようです。

遺言書に法定相続分と異なる配分が指定されていた場合、やはり相続人の間でしこりが残ることが多いようです。そのため、遺言書を作る際には「付言事項」を書くことをお勧めしています。

付言事項とは、遺言書内に本文とは別に相続人に対するメッセージを書くことができる項目です。ここで書かれた内容には法的拘束力はありません。しかし、生前お世話になった「感謝の気持ち」や相続人への「ねぎらいの気持ち」をしたためることによって、遺言本文の内容を受け入れやすくし、ご遺族間の紛争防止に効果が期待されています。

「遺言書の確認はできませんでしたが、諦めません。要は、第3者に渡らなければいいんですから」と礼子さん。チヨミちゃんの世話をする代わりに、自分たちが相続人となる遺言書に書き換えてもらえるよう、父親と話し合いを始めたそうです。

幸いなことに、礼子さんの父親はまたまだ元気だそう。家族とチヨミちゃんでよく話し合い、良い着地点を見つけてもらうことを願うばかりです。せっかく作る遺言書ですから、家族が受け入れられる形にしたいものですね。

(文:編集部 瀧六花子)

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