はじめに

「マイナス長者」が地域を回す!?

「私の残高、万単位のマイナスなんですけど……(笑)」と言いながら通帳を見せてくださったのは、潤一さん・澄さんが、親しみを込めて「マイナス長者」と呼ぶ藤野観光協会事務局の小山宮佳江(みかえ)さん。

彼女の通帳には、「きゅうり」「澄ちゃんのパン」などなど、「よろづ屋」で行ったやりとりがズラリ。通帳を使って取引をする際には、必然的に相手や自分のそれまでのやりとりも見えてしまうのですが、それがきっかけになり情報が共有され、コミュニケーションが活発化するという仕掛けになっています。

そして、そのサイクルを活発化させるには、彼女のような「マイナス長者」=「地域資源を発掘するのが得意な人」の存在が欠かせません。「よろづ屋」の価値は、残高よりも、地域の人同士のやりとりの回数が増え、コミュニケーションが活性化していくことにあるのです。

また、小山さんは、「「よろづ屋」のメーリングリストは情報交換ツールとしても優れていて、生活者はもちろん、移住者希望者にとっても重要な情報源になると思います。時には外からでは知りづらい空き家情報などが流れてくることもありますよ」と、「よろづ屋」の情報共有効果についても教えてくれました。

円にはない機能を補完する地域通貨

「よろづ屋」は、「トランジション藤野」という社会活動の一環から始まりました。「トランジション藤野」とは、“石油に依存した現在の大量消費型の社会システムから、持続可能な生き方に地域単位で移行(transition)していこう”という、イギリス発祥の「トランジション・タウン」というムーブメントです。

世界の各地に広まっており、日本でも60カ所で起こっているそうです。具体的な活動は、映画の上映会や森の再生、生産者の顔が見えるマルシェ、藤野の活動を紹介する1Dayツアーなど。エネルギーを自分でつくってみようという「藤野電力」という取り組みまであります。

2008年、トランジション藤野が立ち上がった当時、潤一さんは建築士の仕事と並行して活動に参加。「お金がなくても地域のみんなでつながって生きていけるような仕組みはないだろうか?」と、メンバーと考えた際に浮かんだのが地域通貨だったと言います。

そして、千葉県の鴨川市で始まっていた「安房マネー」※2の仕組みを参考に、2010年に「よろづ屋」の事務局を立ち上げました。

「最初は10人ぐらいで試したら面白くって、友達を誘っていったらあっという間に50人、60人とメンバーが増えました。私たちの生活は、円がなければ成り立ちません。けれど、資本主義のシステムの中での円を介したやりとりには、人と人のつながりが生まれにくい。ならば、円では成し得ない部分を補完しようというのが『よろづ屋』の狙いです。ですから円と併用が基本で、代わりにはなりませんが、『よろづ屋』でしかできないやりとりが生まれて、それによって地域がより良くなっていってくれたらと思います。極論を言えば、『よろづ屋』自体がなくなっても、『よろづ屋』でできたネットワークと、『お互い様』で助け合う精神が残ればいいと思うんですよ」と、潤一さん。

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