はじめに

アメリカを漢字で書くと「米」となります。アメリカの当て字である亜米利加を略して、米と表記するわけです。これと同様に、イギリス(英吉利)は「英」、フランス(仏蘭西)は「仏」、ドイツ(独逸)は「独」、ロシア(露西亜)は「露」と書きます。これらは「何をいまさら」というお話ですよね。

ではアメリカなどで使用される通貨単位「ドル」(dollar)は、どうやって漢字で表記するのでしょうか?

いまでこそdollarはカタカナでドルと表記するのが普通です。しかし江戸末期から昭和初期にかけて、ドルは漢字で表記された時代もありました。

今回は「世界の主要な通貨単位を漢字で表すとどうなるか?」という問題について解き明かしてみましょう。


ドルを漢字で表すと「弗」になる

そもそも日本にドルという言葉が伝わったのは江戸時代末期のこと。しかもオランダ語経由で伝わった言葉でした。そのため当時はオランダ語風の発音に準じて、dollarのことを「ドルラル」と呼んでいました。

やがてこのdollarに漢字が当てられるようになります。しかし当初、当てる漢字はさまざまでした。例えば、西洋由来の銀貨一般を表す「洋銀」や、物や人の数を意味する「員」に、ドルラルやドルの読みを与えたのです。

そんななかで、ひときわ異色の存在が「弗」(フツ、ず、もとる)という漢字でした。

dollarの通貨記号「$」によく似た漢字がたまたま存在していたためにそれを拝借してきた、ということなのです。今回紹介する通貨単位の漢字表記の中では唯一、「形が由来」の当て字です。そしてこの異色の当て字が、世間ではもっともメジャーな当て字となりました。

例えば、夢野久作の短編小説『支那米の袋』(1929年、昭和4年)にはこんな文章も登場します。

「おかげで高価(たけ)え銭(ぜに)を払ったルパシカ(筆者注:ロシアの服)が台なしだ。とても五弗(ドル)じゃ合わねえ」

この弗という漢字は、現代の日本人にはあまり馴染みがない漢字かもしれません。しかし「仏」(ブツ、ほとけ)の旧字である「佛」の旁(つくり)の部分だといわれれば、身近なイメージが持てるのではないでしょうか。漢文に詳しい人なら「否定」の漢字として、また化学に詳しい人ならフッ素の漢字表記である「弗素」(さらにはその化合物である「弗化物」などの表記)を知っている人もいるかもしれません。

ポンドを漢字で表すと「磅」になる

では次の問題です。イギリスなどで使われる通貨単位「ポンド」(pound)は、漢字でどう書くのでしょうか。

谷譲次(作家・長谷川海太郎の別名)があらわした海外体験記『踊る地平線』(1929年、昭和4年)にはこんな記述が登場しました。

「石油箱の大きなののような、碌(ろく)に鉋(かんな)もかけてないぶっつけ箱が一磅(ポンド)もするとは驚くのほかはない」

1930年ごろの1ポンドは約10円。当時、桐のたんすが50円~60円程度の値段だったというので(参考「値段史年表 明治・大正・昭和」週刊朝日編、朝日新聞社、1988年)、箱一個の値段にしては確かに高額に思えたのでしょう。

ともあれ、ここでポンドの当て字として登場するのは「磅」(ホウ)という見慣れない漢字です。路傍・傍線などに登場する「傍」(ボウ、かたわら)と同じ旁(つくり)ですね。この磅は、もともと「石が落ちたり、石がぶつかったときの音」を表すのだそう。ポンドにこの漢字が当てられた理由は「ポンドとホウで読みが似ていたから」なのでしょう。

ちなみにポンドは通貨だけでなく「質量」の単位としても使われます(いわゆるヤード・ポンド法の単位ですね)。こちらのポンドは「封度」「听」「英斤」という漢字を当てます。

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