“赤字相続”という言葉をご存知でしょうか。資産として受け継いだはずの実家が、売ることも貸すこともできず、ただ維持費を払い続けるしかない状態になってしまった不動産相続のことを言います。

この赤字相続が今、増えているというのです。実際に赤字相続になってしまった話を聞くと、そこにはお金の損だけでは済まされない、さまざまなトラブルが絡んでいました。

知らないと怖い“赤字相続”のお話を、3週にわたって紹介します。


実家がいきなり取り壊される?

「びっくりですよ、要は『取り壊すぞ』っていう警告が入ってるんですから」

そう話すのは笠間正之さん(51・仮名)。長い間施設に入っていた父親が亡くなり、放置されていた実家の片付けに取りかかろうとしたときでした。郵便箱に入っていた書類を手にし、肝を冷やしたといいます。

差出人は、実家のある東京都葛飾区。書面には「空家等対策の推進に関する特別措置法に基づき『特定空家等』に該当すると認められたため、勧告します」と書かれていました。いったいどういうことなのでしょうか。

空家等対策の推進に関する特別措置法(空き家法)とは、2015年に施行された法律です。放っておくと倒壊の危険がある場合や衛生上有害な場合、さらには適切な管理が行われていないために近隣住民の生活に悪影響を及ぼしていると認められる場合には、対象となる空き家が「特定空家」に指定されます。いわば“問題ある空き家”としてブラックリスト入りした状態です。

近隣からの苦情で特定空家に指定

特定空家に認定されると、行政から改善の指導を受けます。それでも改善が見られない場合は、固定資産税の軽減措置が受けられなくなるなどの罰則が科せられたり、最悪の場合は、強制的に建物を取り壊されたうえ(行政代執行)、解体費を請求されてしまいます。2017年時点で全国で10件、行政代執行がなされているそうです。

笠間さんの実家は木造平屋の古い家です。すぐに倒壊の危険があるという状態ではありませんでしたが、長年放置されたことにより屋根や壁が痛み、庭の草木は生え放題でした。さらには野良猫が住みつき、鳴き声や糞尿など衛生状態もまずかったとか。行政に近隣住民から苦情が寄せられ、特定空家への指定に至ったようです。

笠間さんは急いで実家の清掃にとりかかりました。特定空家の指定は、その原因となった箇所を改善すれば解除されます。猫を追い出し、清掃業者を入れ、住めるとまではいかなくても衛生上問題ない状態に戻し、なんとか特定空家の指定を解除してもらいました。その費用、およそ20万円ほどだったそうです。

しかし、問題はこれだけではありませんでした。

売るに売れない物件だった理由

笠間さんは近隣に迷惑をかけてしまったこともあり、実家を売ろうと考えました。しかし、見積もった不動産業者によると、これは「売れない物件」だというのです。

その原因は“境界”にありました。笠間さんの実家はいわゆる「旗竿地」、奥まった土地から細長い通路を延ばすような形で公道に接しているL字型の物件です。住宅の建物の場合、この接道部分が2メートル以上必要と定められており、それ以下だと建て替えができません。

 出所:取材内容を基に編集部作成

そしてその境界が確定していない箇所が、まさにこの接道部分だったのです。笠間さんが測ったところ、現状の接道幅は1.9メートル……あと10センチ足りません。そのため、現状では買い手がつかないというのです。

笠間さんは何とか売却できるようにと、隣接する地権者Aさんに2メートルで境界を確定してもらえないかと交渉に出向きました。しかし、長年空き家を放置され迷惑を被っていたAさんはまったく応じてくれません。

そればかりか「ウチが境界を確定したいと言ったとき、お前の親父は応じてくれなかった。いい気味だ」と恨み節を言われる始末。相当根の深い近隣トラブルがあったようです。

何はなくともまずは「境界」

このケースについて、不動産コンサルタントで自身でも不動産会社を経営する高橋正典さんに話を聞きました。

高橋:実家に近隣トラブルがある場合、子はそのイザコザも含めて相続することになります。親が「トラブルはない」と言っていても隣人はずっと根に持っていたなど、当事者が変わることで出てくる話もあります。


このようなトラブルを減らせるよう、“境界の確認” だけでも親が元気なうちに行っておくことをお勧めします。一番簡単なのは「境界標」の有無を確認することです。


境界標がきちんと置かれていれば、境界の所在が第三者の目にも明らかになりますので、もめ事になる可能性は少なくなります。実家敷地の角に明瞭なものがあるかどうか、目で見て確認してみましょう。


また、どうしても物件が売れない場合には、空き家の所有者と利用希望者をマッチングするサービス「空き家バンク」を活用する手もあります。地域によっては行政が同様の支援をしている場合もありますので、問い合わせてみてはいかがでしょうか。

 境界標の一例、この境界標では印が示す角から2方向に境界があることを示している

首都圏で売れ残った中古は6万件弱

笠間さんは実家が再度、特定空家に指定されることがないよう、定期的な換気や清掃などの保全管理を不動産業者に依頼しているそうです。年間で約30万円にもなり、売却のメドが立たない中で大きな負担となっています。

「東京で不動産が売れないとは思いませんでしたよ」と笠間さん。隣接するAさんとの話し合いは、未だ平行線のままだそうです。解決には時間がかかりそうなため、空き家バンクの利用も検討したいと話していました。

前出の高橋さんによると、2017年に首都圏(東京、神奈川、千葉、埼玉)の中古不動産市場において売れ残った物件は全中古物件の19.8%、5万8,370件にも上るそうです。地方のことと思われがちな空き家問題ですが、少子高齢化に伴い、首都圏も例外ではなくなってきています。

とはいえ、相続となるとなかなか切り出しにくいもの。そんな時は実家の周囲を散歩がてら、境界標の有無を親と一緒に確認してみてはいかがでしょうか。

(文:編集部 瀧六花子)