はじめに
労働市場にいかに適応していくか
それにしても、世界的に従業員エンゲージメントと企業業績との関係性に注目が集まっているのは、なぜなのでしょうか。リンクアンドモチベーションの創業者で、現在は会長を務める小笹芳央氏は「産業構造の変化」を理由に挙げます。
全産業に占めるサービス業の比率が拡大したことで、企業の競争力の源泉は工場などの「ハード」から、従業員をはじめとした「ソフト」にシフト。また、商品・サービスも短期間で模倣され、陳腐化しやすくなったと指摘します。
こうした中で、企業で働く従業員の事業におけるウエートが増大。これまでは商品市場への適応だけを考えておけばよかった企業が、これらに加えて、労働市場にいかに適応していくかが重要なテーマとなっています。
小笹会長は「カネ余りで資金はすぐに集まるようになっている一方で、働く個人から選んでもらえる組織の魅力づくりが必要になっています」と指摘。そのうえで、「女性管理職比率のようなバカな比率を持ち出して、幸せな世の中になるわけがない。より本質的な物差しを打ち出していくことが、投資家にも労働者にも大事」と分析します。
「質の高い人材はアセット」
では、実際にERを導入した企業では、どのような変化が起きているのでしょうか。クラウドワークスの吉田浩一郎社長は「マネジメントとチームの状態を可視化する手法として重宝しています」と評価します。
同社の場合、2017年3月時点のERはCCCにとどまっていましたが、ERを導入したことでチームの状態が明確化され、評価の高いチームに共通していた要素を横展開したところ、2018年6月にはAAAまで上昇しました。
クラウドワークスの売上高とERの推移
これに連動する形で、同社の売上高も2016年9月期の20億円弱から、2018年9月期には65億円まで上昇する見込みです。「CCCの頃は社内に派閥があり、経営への批判が渦巻いていました。当時はコンプレックスをバネに経営をしていましたが、今は幸福感を持って経営できています」(吉田社長)。
ラクスルの松本恭攝(やすかね)社長は「人への投資を理解してもらううえで、ERの開示はとても大事」と見ています。
松本社長によると、インターネット企業では機械ではなく、人がサービスの価値を生み出しています。しかし、従業員の持つアイデアは「資産」として貸借対照表(BS)には載りません。人件費として損益計算書(PL)に「コスト」として計上されるだけです。
「質の高い人件費が伸びていくことは、アセット(資産)だと考えています。それをご理解いただくことで、ネット企業に投資しやすくなるはずです」と、松本社長は期待を込めます。
投資指標として定着するか
では、ERを投資判断の材料として使う側の意見はどうなのでしょうか。公表と同日に開催された発表会に参加していた機関投資家は、おおむね好意的な受け止め方のようでした。
そのうえで、「われわれはスコアだけを見ることはありません。スコアを経営者がどう分析し、どう読み取り、だから次のアクションプランとして何を考えているか、をわれわれも重視します」との声が聞かれました。
高成長企業の足元の株価水準は、PERやPBRなど従来の投資指標では論理的に説明できない水準まで高まっていることは事実。一方、過去のバブル期には、「Qレシオ」や「PSR」などの“トンデモ指標”が出現し、従来指標で説明できない株価水準を正当化した歴史もあります。
はたして、ERは時代の変化に即した投資指標として定着するのか。それとも、時代のあだ花として、歴史の中に消えていった指標と同じ運命をたどるのか。その評価は、昨今の起業ブームの真贋と無関係ではなさそうです。