はじめに

2018年は5月辺りから新興国からの資金流出の動きが顕著になっていますが、なかでも特に目立つのが新興国通貨の売りです。経常赤字国を中心に通貨安基調となっています。

アジア新興国では、インド、インドネシア、フィリピンなどの通貨の下落が目立っていますが、同じ通貨安でもその要因、背景は異なっています。このうち、インド経済およびインド・ルピーの現状と見通しについて考えてみたいと思います。


実は好調なインド経済

世界的に通貨下落が目立っている国を見ると、おおむね、景気が低迷もしくは悪化している傾向がありますが、インドは状況が全く異なります。実際、2018年9月に発表されたインドの2018年4~6月期GDP成長率をみると、前年同期比8.2%増と、2016年1~3月期の9.3%増以来の高い成長率を記録しています。

もともと、アジア新興国では、フィリピン、中国などの成長率の高さが目立っていましたが、直近は、新興国の景気減速基調が鮮明になっているなかで、インドがアジアで最も高い成長率を記録したことになります。

インド経済は高額紙幣の廃止やGST(財・サービス税)導入に伴って、2017年4~6月期のGDP成長率は、モディ政権発足以降で初めて6%を下回る水準まで低下しましたが、このたび発表された8%台の成長率をみるかぎり、インド経済は好景気を取り戻しているとみてよいでしょう。

インド経済のけん引役は?

8%台の高成長を項目別にみると、けん引役となっているのが、個人消費と設備投資です。個人消費は、前年同期比8.6%増と、一時の落ち込みから急回復をみせています。また、設備投資は、モディ政権が推し進めているインフラ整備の施策などを背景に、同10.0%増と2四半期連続の2ケタ増と、大幅に伸びました。明らかに、この個人消費と設備投資が、インド経済のけん引役になっているといえます。

しかし、その反面、景気の足を引っ張っている項目が、外需の部門です。月次の貿易収支をみると、直近分の8月の貿易収支は173.9億米ドルの貿易赤字で、前月よりは若干赤字が縮小しているものの、依然、2013年以来の貿易赤字水準となっています。

インドの貿易収支が赤字に陥っている主な要因は、好調な個人消費に伴って輸入品が増加していることや、国内需要の約8割を輸入に頼る原油価格の上昇などで、現状であれば早期の改善は難しいと思われます。当面インド経済は、好調な個人消費と設備投資が貿易部門のマイナス分を補う、という構図が続きそうです。

インドルピーは最弱通貨を脱出できるか

好調な経済の一方で、軟調さが目立っているのが、通貨ルピーです。今年は、世界的に新興国通貨の下落が目立っていますが、インドルピーの年初から9月末までの騰落率をみると、対米ドルで▲13.5%、対円で▲11.1%と、ともに2桁の下落率を記録しました。今やインドルピーは、アルゼンチンやトルコと並んで、最弱通貨のひとつに挙げられるほどです。

ただ、ファンダメンタルズの面からみると、インドは、アルゼンチンやトルコほど深刻な状況ではありません。まず、外貨準備高は4,020億米ドルと高水準を維持しているほか、経常収支についても、赤字ではあるものの、対GDP比でみると▲2%弱と低水準にとどまっています。

また、通貨安の大きな要因であるインフレの状況に関しても、直近発表済みの8月の消費者物価指数は、前年同月比+3.69%と、落ち着いています。インドを取り巻く状況は、他の新興国ほど深刻ではないと思われます。

とはいえ、米国が予定通り粛々と利上げを続けているなかで、世界的には新興国通貨に対する下押し圧力が強い状況が続いており、インドルピーも当面、弱含みで推移すると予想されます。

加えて、問題視されているのが、政治的な不透明感です。今後インドでは、年末までに主要州議会選挙の実施が予定されているほか、来春には下院総選挙も予定されていますが、直近の世論調査では、与党が苦戦するとみられています。これまでは、モディ政権の安定、政策への期待がインドに対する資金流入の原動力となっていたため、与党の苦戦はマイナス材料といえるでしょう。

インドルピーは、良好な景気に対して、新興国通貨に対する売り圧力や政治的不透明感が重石となって、当面は、戻りの鈍い展開が続くと予想されます。

(文:アイザワ証券 市場情報部 アジア情報課長 明松真一郎)

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