はじめに

相続した不動産が売ることも貸すこともできず、ただ維持費を払い続けるしかない状態に――。そんな不動産の“赤字相続”を取り上げてきた、この連載。3回目の今回は、相続した家の処分をめぐり、夫婦間で揉めてしまったお話です。

相続で“揉め事”というと兄弟間や親子間がイメージされますが、実は夫婦間で揉めることも少なくないとか。そこには相続だけにとどまらない、現代日本における“生活の難しさ”がありました。


終の住処はいずこ

「今さら田舎に住むなんて、無理です」

そうため息をつくのは加藤圭子さん(64歳・仮名)。夫である明さん(67歳・仮名)が相続した実家の処分をめぐり、今、夫婦げんかになっているそうです。

相続した家は、東京・多摩西部にある木造戸建ての一軒家。もとは明さんの母親が住んでいましたが、2年半前に亡くなり、明さんが相続しました。見渡せば里山と田畑が広がる静かな町、そこに建つ年季の入った“古民家”、なんと築80年だそうです。

相続した当時、加藤さん夫婦は東京都内のマンションに住んでいました。子供たちはすでに独立し、夫婦2人暮らし。母親が体調を崩してから亡くなるまで、夫婦で片道2時間かけてその実家まで看病に出向いていたそうです。

その母親の三回忌を終え、圭子さんは明さんに「そろそろここ(実家)も処分しては」と持ちかけました。寂しい気持ちはあるけれど、三回忌はいい区切り。固定資産税の支払いや建物の維持管理費用を考えて、圭子さんは早く処分したいと考えていたそうです。

しかし、明さんの返答はその真逆でした。実家を売るどころか、なんと今住んでいる都内マンションを売り、実家に移り住みたいと言うのです。

それぞれの生きがい

くしくも母親が亡くなった2年前、明さんは65歳となり定年を迎えました。それからずっと仕事について、人生について、考えてきたといいます。再雇用制度を利用し、同じ会社で週3日の勤務を続けてきました。しかし現役時代と異なるその業務に、「張り合いがない」と感じていたそうです。また、その再雇用も何歳まで更新できるかわからないとか。

ならばいっそ、今からでも生涯できる仕事を始めようと考えたそうです。忙しい都会ではなく、生まれ育った生家で、少しでも周囲の人に喜ばれ仕事を……。そうだ、農業だ。

しかし、圭子さんは猛反対です。もともと都内で生まれ育った圭子さん、同年代の友人もみんな都内に住んでいます。60歳を過ぎ、今さら住む環境を大きく変えることをしたくないと話します。

さらに圭子さんが心配しているのがインフラ面です。「あそこは買い物ひとつするのも全部、車移動なんです。バスも1時間に1本あるかないか。私、免許持ってないんですよ、何もできません」と圭子さん。さらに、大きな病院は隣の市に行かなければならず、老後の生活には不自由だと話します。

もう1つ、圭子さんには都内に居続けたい理由がありました。娘が出産を控えているのです。「子供は産まれてからが大変なんです。娘も早々に仕事に復帰したいと言っているけど、保育園も今は入りにくいみたいで……。やっぱり母親の手が必要です」(圭子さん)。

相続後3年以内の売却には税特例あり

今回のケースについて、不動産コンサルタントで自身でも不動産会社を経営する高橋正典さんに話を聞きました。

高橋:相続で揉めてしまうのは兄弟のイメージがありますが、実は配偶者と意見がぶつかってしまうケースもよくあります。相続配分を決める時だけではなく、相続した財産をその後どうするのか、これも決めるのも実は難しいのです。


しかし不動産の場合、その活用を早く決めないと「維持費」がかかってしまいます。固定資産税に維持管理費、結論を先延ばしにすればするほど、この費用がかさんで“赤字”となってしまします。売るのか持ち続けるのか、持ち続けるのであればどのように活用するのか、できるだけ早めに話し合って決めておくことをお勧めします。


売却については、2019年末まで、一定の要件を満たせば、相続した実家を売却したときに発生する譲渡所得の金額から「3,000万円」まで控除されます。


(1) 相続から3年を経過する日が属する年の12月31日までに売却していること
(2) 被相続人が住むために利用していた土地・家屋であること
(3) 1981年5月31日以前に建てられていること
(4) 区分所有建物登記がされていないこと
(5) 相続から売却するまで、事業や貸付けなどに利用されていないこと
(6) 売却代金が1億円以下であること


ここで重要なのは、「(1)相続から3年を経過する日が属する日の年末までに売却」という点です。対象となる不動産を相続した場合は、早めの検討をお勧めします。

加藤さん夫妻の決断

長い長い家族会議の結果、加藤さん夫妻は実家を売ることにしました。決め手は「両親は近くに居てほしい」という娘の説得と、前出の「課税対象となる譲渡所得の控除期限」でした。実家は築80年ながら状態も良く、昨今の古民家人気もあり、無事売却することができました。ギリギリ3年の期限内で譲渡所得税もかからなかったそうです。

今回の一件で、圭子さんは明さんが日頃秘めていた思いに改めて気づかされたと話します。「好きな仕事を再雇用で続けられているんだからいいと思ってました。これからは何か夫婦一緒にできることを探します」と圭子さん。

家は生活の拠点です。実家の相続は、金銭問題だけではなく、気持ちとその後の生き方にも大きな影響を及ぼすのかもしれません。大切な人と納得できる結論を出すためにも、早いうちから家族で話し合っておくのがよいのではないでしょうか。

(文:編集部 瀧六花子)

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